サバイバルなバレンタイン 中編
キンコンカンコ〜ン
4限目の終わりを知らせるチャイムが鳴る。
普段ならば「よし、昼休みだ」とのんびり弁当を食べる憩いのひと時だ。
だがこの日に限っていえば別である。
これは4限目の終わりを告げる鐘であり、逃走劇が始まるゴングでもある。
「すまん、あと5分だけやらせて!」
4限目の日本史の先生がキリの良いところまでやっておきたいということで、5分延長になった。
この延長は想定外だ。5分延長するということは、ヤツらに5分の隙を与えてしまうということだ。
俺はふと教室と廊下に挟まれたドアの方を見る。
ドアに付けられた窓の外には、既に甘味に飢えゾンビと化した学生たちが弁当箱や購買のパンを持ち、こちらの授業が終わるのを待っていた。
この日においては、飢えた運動部員ほど恐ろしいものはないだろう。
「今日、誰かお菓子を持ってきた?持ってきた人、挙手!」
先生はそう言って持ち込みした生徒を挙手させる。持ち込みOKな日なため没収されることはないと思い、俺は迷わず手を上げた。
挙手したのは、俺を含めて2人だった。他は本当に持ってきていないか、持ってきているのを知られたくないかだろう。
それはそうだ。だって、窓の外には菓子に飢えた学生が俺たちを見ているんだ。バレたくはないはずだ。
「えーっと、午岩と川瀬だな?分かった、ちょっと待っててな。」
そう言って先生は、教室に備えつけられた電話の受話器を取り出しどこかに電話をかけ始めた。
「もしもし。はい、実は5分延長してしまいまして……こっちは2人ですね。はい…えっ、前川先生と角山先生が?はい、はい、ありがとうございます。はい、では失礼します。」
先生は受話器を戻した後、また俺たちの方を向いた。そして教室の外の人たちにも聞こえるよう声のボリュームを上げて話し始めた。
「えー、本来教師がこんなことするのは可笑しなことかもしれないが…そんな青春サバイバルな状況になると分かっていたのに、5分延ばした俺が悪い!…ということで、今、助っ人兼護衛を呼ばせてもらった。なんと、前川先生と角山先生だ!!」
ドアの外を見ると、先生の話が聞こえたのか運動部員たちのが固まった。
それもそのはずだ。
俺が通う学校には、運動部なら誰でも恐れる体育教師が2人いる。
武道の授業を担当している前川先生と、体育の授業を担当している角山先生だ。
この2人はかなり恐ろしいと言われている。
前川先生は細マッチョな先生で─── 剣道部のクラスメイトから聞いた話だが───「八角木刀」とかいう木刀の素振りをする時に片手で振っていたらしい。
しかも、振っている時の音が「ヒュンッ、ヒュンッ」と高かった…とも言っていた。
その木刀が何なのかよく分からないが、きっと凄いことなのだろう。
他にも剣道部の夏合宿で毎日山中湖を一周する時に前川先生が先頭を走っていたり、その後の練習も剣道部員と共に熟すと聞いた。話を聞く限り、スパルタで超人な先生だと思う。
角山先生は普段はノリノリだが、一度怒らせると手がつけられないことで有名な先生だ。
この前サッカー部に入っているクラスメイトの1人が、サッカーの授業で先生を挑発した結果…その先生が試合に参加し、運動部のみを集めたチーム9人vs先生+キーパーの2人で試合することになり先生がキーパーにキーパーとしての仕事を与えずに圧勝してそのクラスメイトを含む運動部員チームに格の違いを徹底的にわからせていた。
因みに角山先生は、バレー部と陸上部の顧問も務めている。正に運動ガチ勢な先生だ。
そんな運動部なら誰もが恐れる先生が2人とも来ると分かったら、動きが固まっても仕方ないだろう。
ガラガラガラ…
「授業終わりに失礼、そこの2人がお菓子を持ってきた生徒で合っていますか?」
「おー、午岩は今年も持ってきたのかよ!懲りないな、お前!」
おっと、噂をすれば前川先生と角山先生のご登場だ。
先生たちが教室のドアを開ける瞬間、飢えた運動部員達が先生から離れようとする光景が見えた。スイーツに飢え理性が外れたゾンビみたいになっても逃げようとするあたり、相当本能に刻み込まれていそうだ。
「じゃあ、川瀬のことは前川先生にお願いします!午岩は俺と来い!どうせ去年と同じ場所だろう?」
「はい、お願いします。」
「その代わり、俺にも分けてくれよなっ?」
「良いですよ。その代わり先生の飲み物は自分で買って持ってきてくださいね。流石にそれは用意していないので。」
「そうか、なら一旦自販機寄るぞ。」
「はい。」
という感じで、俺は角山先生のおかげで昼休みは逃走劇を繰り広げずに自販機を経由しながらメシ友たちがいる家庭科室へと辿り着けたのだった。
中編の投稿でございます。
もうバレンタインは過ぎましたが、そこは徒然ということでお許しを。
やはり純度90%の話は色々思い出とかもあるので話が少々長くなりますね…ハハハ( ̄▽ ̄;)