サバイバルなバレンタイン 前編
ダッダッダッ
ガチャッ
ガチャンッ
ハァ…ハァ……ゼェ…ゼェ
『どこに行った!?』『探せ!』『私たちの糧だ!』『今は10分休み!まだ近くにいるはず!』
ドタドタドタッ…
ズダダダダッ…
「……ふう、なんとか撒けたか。」
学校の中、3時限目終わりの10分休憩の時間。
俺こと午岩は、階段を駆け上がり、廊下を駆け抜け、委員会用の会議室で息を潜めて彼らが離れるのを待っていた。
何故そんなに逃げているのか、気になる人もいるだろうから答えよう。
それは…
今日がバレンタインデーだからだ。
俺が通う学校は校則が少々厳しく、校則の一つに「菓子の持ち込みは厳禁」というものがある。それでも隠れて持ってくる輩はいたが、もし持ち込んでいたのがバレた場合2週間もの間「最終下校時間まで居残り」といつ罰があったので持ち込む人は居なかった。
だがこの校則には例外になる日が年に3日ある。
その3日というのが、校長の誕生日、ハロウィン、そして…バレンタインだ。
故に今日は菓子を持ち込むのを許されている。
だがその許しが、かえって危ないことになっていたりする。
育ち盛りで食べ盛りな学生たちが通う高校。そして朝練で疲れて腹を空かした運動部員達。
そんな彼らにお菓子を持ち込んできたことがバレたら…彼らは人間を襲うゾンビ集団の如く追いかけてくるのだ。
彼らはただ「甘い物を食べたい」という欲だけで動く。その欲に性別なんて関係ない。故に女子たちもスイーツに飢えた獣と化す。
おかげで学校の屋上や体育館裏で女子が気になる男子に告白する…なんていう青春もあったもんじゃない。
そんな現場が見つかってしまえば、彼らは持ち前の運動神経を活かし、女子の手作りスイーツを求めて追ってくる。それが恋人になる告白の瞬間であろうとも奴等には知ったことではない。少しは空気を読んで欲しいけど、それがバレンタインの運動部員たちである。
まさにサバイバルなバレンタインだ。
かくいう俺もその追われる側の人間の1人だ。
というのも、今日俺が持ってきたのはマカロン…それも手作り。
せっかくのお菓子持ち込みOKな日だし、メシ友たちと食べようと思って前日に大きめのタッパーいっぱいに作って持ってきたのだ。
だが、どこかで見られたのか、それとも彼らの勘が鋭いのか、俺を見つけるや否や襲いかかるように追いかけてきた。
ちなみに、朝礼前と1時限後、2時限後にもこんな逃走劇を繰り広げているので今は4回目の逃走劇である。
キンコンカンコ〜ン
5分前のベルが鳴る。
授業に遅刻しないためにも、早く教室に戻らなければならない。
俺は会議室の扉を小さく開けて、隙間から周囲を確認する。それからドアを開けて会議室を出て周りを見渡す。この時片手はドアノブを掴んでおきいつでも隠れられるようにする。
周囲の安全が分かり次第ドアノブから手を離し教室へと向かう。
授業まであと3分。
俺のクラスの教室は一階降りてすぐの教室だ。
とはいえ油断は出来ない。追われる側にとって、この日は一瞬の油断が命取りになるからだ。
前や左右は勿論、時折後ろも見ていつでも逃げられる姿勢で教室へと向かう。
廊下から階段へ向かう時の曲がり角や階段の折り返し地点は、「かもしれない」を考えながら移動、クリアリングとまではいかないが顔の上半分だけ出すように曲がり角の先を確認をして安全を確保しながら進んでいく。
気分はさながら軍人だ。
と言っても、対抗手段がない丸腰状態で、活発なゾンビが蔓延る世界にいるような状況だけど。
「起立、礼!」
「よろしくお願いします。」
安全確保に徹したおかげか、今回も無事逃げ切り次の授業を受けることができた。
この授業時間だけは運動部員の強襲が来ないので心に余裕が持てるのは有難い。
残るは昼休みの始めだけ。その時の強襲さえ逃げ切れば、メシ友とマカロンを食べることで襲われなくなる。
その時が来るまで、俺はなんとしてもマカロンを死守しなければならない。
そのためにも今は緊張を解いて授業を受けよう。
「午岩、聞いてたか?」
「あ、はい、聞いてます。」
今回、ちょっと長くなりそうなので、いくつかに分けて投稿します。
因みにこのお話は9割ノンフィクションになっておりますので、もし飢えた高校生を見かけたらそっと「一目で義理だと分かるチョコ」を置いて、食べているところを確認次第、全力で逃げましょう。
キゲンさんとのお約束だぞ☆