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徒然メシ  作者: 友好キゲン
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秋夜の塩鮭茶漬け

人も虫も草木も眠る真夜中…

両親もぐっすり眠り、外も静かなこの時間帯…ついに来た、この時を待っていた…!!

俺はこの時のために念入りに練った作戦を執行する時が来たのだ。


一昨日の学校からの帰り道、気まぐれで寄ったスーパーの珍味コーナーで見つけた辛口の塩鮭。

それを今日の下校時に刻み海苔と一緒に買い、両親に見つからぬよう鮭は冷蔵庫の奥に、海苔は鞄に隠しておいた。今日が給料日前じゃなくて良かった…


早速鞄の中にある海苔を取り出して、台所へ行く。

冷蔵庫を開けたら、一定時間開けっぱなしにしておくと発動する警報が鳴らぬよう、素早くかつ音を立てずにヤツを回収する。


回収した塩鮭を一口大に切り分けて、その一つをオーブントースターに乗せて10分焼く。

残りはまたラップをして冷蔵庫の奥にIN。

焼いている間に炊飯器をゆっくり開けて中の飯を茶碗によそる。

うちは炊いたご飯を保温にも冷凍にもせずに朝まで炊飯器で寝かしておく。故に冷凍を温める時の電子レンジの音のリスクがない。


次にポットに水を入れて沸騰させる。

ポットはすぐに沸くタイプの物なので、沸いた時のカチッという音に細心の注意を払いながら棚から煎茶の茶葉を急須に入れる。この時も茶葉の音が鳴らないよう注意をしよう。

こういう小さな音がバレる原因になるからな。

湯が沸いたら急須に入れておく。


チンッ


トースターの音が鳴る。

こいつだけは対策のしようがない。バレていないか、リビングの扉を開けて周囲を確認する。


………


家の中に物音も声もなし。聞こえるのは親父のいびきのみ。問題はないだろう。

扉を閉めて、トースターから焼けた切り身を取り出し、よそったご飯の上にそっと乗せる。

あとは刻み海苔をひとつまみ振りかけ、煎茶をかける。この時、鮭の塩気のことも考えて普段より多めに掛けておく。

これで辛口塩鮭茶漬けの完成だ。


早速切り身をほぐしてから茶を啜る。

ほんのり苦みのある爽やかな煎茶に鮭の旨みと塩気が混ざり合い、いい塩梅の汁になっていた。

次はほぐした身を一口。

しょっぱい。塩気がガツンと口の中を刺激し、唾液腺を暴発させてくる。

そこにすかさずご飯と汁を口に流し込む。脂の乗った塩鮭の旨味と、鮭の塩気によって甘みが引き立つ米、そしてそれらをまとめ上げて流れてくる煎茶…これはたまらない。

煎茶の爽やかさが塩鮭の強烈な塩気をさっぱりさせ、また鮭と米との共演を楽しみたくなってサラサラと流し込む。箸が止まらない。

普段はお茶漬けのお供に新香を摘むが、この辛口塩鮭の前では新香は要らない。今はただこの米と鮭と茶の共演を一心不乱に味わい尽くすだけでいい。


「ふう、食った食った。うまかった〜…!」


深夜に1人、塩鮭茶漬けを食べて満足した俺は、そう声を洩らす。

そしてひと息ついたら、後処理の仕事だ。

残った塩鮭を冷蔵庫の奥に入れ、茶葉をしまい、刻み海苔を隠し、茶碗は洗って乾燥器にセット。物的証拠を素早く且つ静かに処理する。

「立つ鳥跡を濁さず」というやつだ。




ひと通り片し終えたら、リビングを出て寝室に戻るため、ドアノブに触れる。

そこで俺はあることに気づいた。

ドアから光が漏れているのだ。俺は自室からリビング、キッチンに行くまで電気はつけなかった。故に廊下は真っ暗なはず…なのに灯りが点いていた。


─── まさか、バレた!?


俺はすぐさま開くのを止めようとした。

だがそう考えた頃には時既に遅し。俺の手はドアノブを掴み扉を開いていた。


「おはよう、まだ朝にもなっていないのに随分早起きだな。で、何1人で楽しんでいたんだ?」


「親父…それにお袋…?何でここに?」


予感は的中。なんと目の前には親父とお袋が腕を組みながら仁王立ちしていたのだ。

俺は頭の中が驚きと疑問で混ざり合いながら、2人にそう尋ねる。

トースターの音にも無反応だったはずの2人が、今俺の前で腕を組んで立ちはだかっていたのだから。


「あれだけ豪快に音を立てて啜っておいて、バレないと思ったの?」


お袋曰く、俺が一心不乱に茶漬けを啜っていた音で気付いたらしい。

啜らなければいいと思うだろうが、茶漬けと麺は啜って食うから美味いと思っている。故にこれでバレたのは仕方ないだろう。

まったく、親父といいお袋といい、食のことになると鼻が利く。いや、この場合は「耳が利く」だな。

俺が親父にツッコまれている頃、お袋は冷蔵庫の中を見ていた。そして…


「父さん、冷蔵庫の奥からこんな代物が見つかったよ!」


なんとお袋に塩鮭の存在がバレてしまった。

見つからない場所に隠したつもりだったが、お袋の勘が鋭いのか、それとも我が子の考えがお見通しなのか、その隠し場所をあっさり見つけられてしまった。


「辛口塩鮭…?うちで食べる塩鮭は甘口だから辛口は食べないはずなのに…おかしいな?何を堪能していたんだ、正義?」


「その…お茶漬けを…一杯だけ。」


親父の問い詰めに正直に答える。普通の説教ならばさほど怖くないが、食に関わることになると問い詰める時のオーラはもはや尋問だ。


「深夜に茶漬け、それも塩気の強い塩鮭か。こんな健康に悪いものを深夜に食った事に関して1時間くらい説教したいところだ。

……けど、ここで俺も茶漬けを食っちまえば同罪で説教はできないな。それについてはどう思う、母さん?」


そう言いながら親父は食卓の椅子にどっかりと座る。


「そうね〜、あたしも父さんも、辛口の塩鮭なんて何年振りだろうね?あっ、アタシは刻み海苔の代わりに大葉を刻んでちょうだい。」


「俺は正義が食ったやつに白ごまをパラリとかけてくれ。」


お袋も親父の後に続くように座り、そう注文してきた。

成程…2人にもお茶漬けを食べさせて説教できない立場にさせればいいということか。

なんだかんだ言って、2人とも茶漬けが食いたいのだろう。

親父とお袋のそういうノリのいいところ、結構好きだよ。

…そんなことを考えながら一口大に切った塩鮭を2つトースターに入れて焼く。


チンッ─────


焼き終えた塩鮭を米の上に乗せ、煎茶を回すように注ぐ。あとは1つには胡麻、もう1つには刻んだ大葉を乗せて完成だ。


「はい、親父は白ごま、お袋は海苔の代わりに刻み大葉ね。」


俺は出来上がった茶漬けを2人の前に置くと、2人は各々でこの茶漬けの共演をサラサラとかき込み、味わい、楽しみ始める。

人で無き者が騒ぎ出す丑三つ時。

我が家では茶漬けを啜る音だけが響いていた。



近くのデパ地下の珍味コーナーでたまーに売られている辛口塩鮭。塩がめちゃくちゃ効いているので、ほんの少量でもご飯が進む逸品。

そんな塩鮭を使って食べる深夜のお茶漬けは、まさに背徳的な罪の味。

この塩鮭茶漬けは、米が浸り切るくらいに煎茶をかけてザブザブ食べるのがキゲンさんの好きな食べ方です。

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