甘く懐かしき夢の味
「夢」と書いて「ミルク」と読む……なんて、国語の辞書には載っていなくても、誰かの心の辞書には載っているはず…。
「あんたは何言ってるんだ」って?…書いてるキゲンさんもそう思うよ。
「金が…ない…。」
財布を見て開口一番、俺はそう嘆く。
食欲の秋はこれから始まるというのに、今日は給料日前だからか財布の中身が少しの小銭しかない。秋が始まったばかりだというのに、今の俺の懐事情は冬である。
とはいえ、やはり食欲の秋は腹が減る。
実際、今日の俺の腹の虫は甘い物が欲しいようで、ケーキ屋や和菓子屋、コンビニの前を通ると必ず目で追ってしまう。
だが生憎俺の財布の中は小銭を合わせてギリギリ100円ある程度。ほぼすっからかんと言ってもいいくらいだ。
そんな懐事情では俺の腹の虫を満足させるような甘味を食べることなどできやしない。
嬉しいのか悲しいのか、今日はこの懐事情のおかげで腹の虫に抗える。
だがそんな抵抗も虚しいものになる場所が俺の帰路、しかもうちの近所にあった。駄菓子屋だ。
コンビニよりも安くお菓子が買えるお店。ケーキや羊羹のようなオシャレなお菓子はないけれど、甘さだけは負けない物がここにはある。
それを俺の腹の虫は知っているのか、駄菓子屋が目に入ると、俺は一直線に駄菓子屋へと向かった。懐事情という抵抗も、駄菓子屋の前では無力だ。
何故ならそこは、子どもたちの夢の場所。小さな子どもでも手が届くお菓子がずらりと並べられているのだから。
駄菓子屋に着いて扉を開ける。
店の中はたくさんの駄菓子が並べられていた。しかもどの駄菓子も安く、俺の懐でも平気で手が届く。
俺はどれにしようか迷いながらずらりと並べられた駄菓子たちを吟味していく。
10円ガム、粉ジュース、ミニドーナツ、ミニチョコどら焼き、フルーツ餅、ソースかつ、酢漬けのイカ、べっこう飴、あんこ玉、きなこ棒、ポン菓子…どれも目移りするくらい魅力的だ。
そんな中、俺はとある駄菓子が目に止まった。
「ミルクケーキ」だ。
ケーキと言っても、スポンジがあるわけではなく、固めた物,塊になった物の意味を持つ方のケーキだ。
こいつは甘い練乳とカルシウムを混ぜて板状に固めたもので、主原料が練乳なので当然甘い。なので味わいはどちらかと言うとケーキというよりキャンディに近いだろう。
俺はミルクケーキを1袋持ち出し、お婆さんに渡して会計をしてもらう。
財布の中の小銭で丁度買うことができた。懐は文字通りすっからかんになったが、後悔はない。
「甘っ…」
駄菓子屋を出てすぐに袋を開け、1枚取り出して口に入れる。そしてキャンディのように舐めていると濃厚でミルキーな甘さが舌に伝わってくる。
噛むとパリパリと音を立てながらホロリと崩れ蕩けていく。
舐めるとじんわりと優しい甘さがゆっくりと、噛むと爆発的に濃厚なな甘さが一瞬で口に広がる。ミルクケーキにはこの二つの味わい方があるのが魅力だ。
俺はこれが無性に食べたくなる時がある。
ミルクケーキは俺が住む地域じゃ中々売られていないというのもそうだが、単に俺が甘い物に目がないのだ。
幼いの頃、大さじ一杯の練乳をそのまま食べるのが夢だった。そんな子どもの夢を、ミルクケーキはお菓子という形で叶えてくれる。
洋菓子のような練乳の濃厚な甘さが心と口の中を満たしてくれる。
袋の中を見る…あと5枚。
残りの5枚、この濃厚でミルキーな夢をゆっくり味わおう。
俺は幼少の頃の夢を思い出しながら、ゆっくりと帰路につくのだった。
「練乳をそのまま食べてみたい。」
果物やソース煎餅にかけられるあの甘い練乳をそのまま食べたらどれだけ幸せなのだろう……皆さんも小さい頃一度はそう思ったはず。
駄菓子はそんな幼少の頃の夢を叶えてくれる素敵なお菓子。キゲンさんもおじさんになってから食べると、あの頃を思い出してしんみりしちゃいます。