幕間 天高く、乙女は悩む!
「ソレイユになんて言おう」
「うぉん」
私の足下で寛ぐワンちゃん、改めランス。
私のゴッドハンド(自称)の前には魔獣としての凜々しさはどこへやら、すっかり可愛いワンちゃんである。
サイズはちょっとばかり規格外だけどね……。
でもこの手触り、すんごく滑らかで撫で甲斐あるわあ~。
ってそんなうっとりしている場合ではなかった!!
今は聖国から帝国への帰り道、途中休憩に寄った原っぱは見通しが良くて穏やかな場所だ。
勿論急いで帰らなければならないことはわかっているけれど、大所帯で移動するのって本当に大変。
それも馬車となるとね、馬たちだって所々で休憩が必要だもの。
途中途中必ず町があるわけでもないし、平坦な道ばかりってわけでもないのだから、休める時に休むのが大事。
(特にここは隠れる場所が少ないってみんなも言ってたからね)
逆を言えば襲撃に遭っても隠れる場所がないんだけど、そこはそれ、馬車や魔道具を使えばいいだろって話らしい。
それは敵も同じでは? って思ったけどまあ戦術とかそういう意味での難しいことは私にはわからないので、騎士たちにお任せである。
「ねえ~どうしようっか~」
「わふぅ……」
ごろんとお腹を見せてくれるランスを両手でわっしゃわっしゃとなで回す。
うーん、仲良くしてくれるといいんだけどなあ!
とはいえ、まだまだ人生……竜生? で言えば赤ちゃんであるソレイユにとって私はママのような存在。
今回はヴァノ聖国という遠距離移動だったからお留守番させちゃったけど、今頃不満を爆発させてないだろうか?
デリアもエルヴェも連れて来ちゃったから。
いや、兄様たちが面倒見てくれるって言っていたから安心して預けたし、預けるよって話はソレイユにもして納得してもらったはずではあるんだけど。
でもまさかお外に行って帰ってきたらペットが増えました!
なーんて、いい子なソレイユだからこそショックを受けないか心配なのだ。
(エルヴェは全然気にしないだろうって言うけど……)
帰ったらたっぷり甘やかしてあげよう。
オヤツは……さすがにあげすぎは良くないけど、遊んであげる時間を増やす方向で。
ああ、でも聖女になっちゃったしお勉強もまだまだたくさんあるってシズエ先生も仰ってたし、社交も参加が必須だってオルクス兄様が言っていたし……やることいっぱいだ。
うわあああ!
「……大丈夫だ、ニア。俺とサルトスでソレイユにはちゃんと説明する」
「そうだよ。ソレイユは何があってもアリアノット姫が一番だからね。きっとわかってくれるとも。最悪八つ当たり先にはちょうどエルヴェがいるし、問題ないよ!」
「ええ~」
帰り道でエルヴェがノックスの住人であること、伯父様が当初の予定では神殿に連れて帰った際に私の護衛として雇うつもりで契約を進めていたこと、それを私の意向を優先した結果、父様が雇う形になった……ということを説明したのだ。
最初は危険なんじゃないのかって目もあったけど、父様が認めているなら……って感じでみんなとりあえず納得してくれた感じなんだよね。
なんだかんだ、父様への信頼度高いから……。
というか、最高権力者の決定に背く理由はないしね!
父様は皇女を溺愛する父親でありながら、いつだって賢明な判断を下す皇帝であり名君として名を馳せている。
そんな父様が、私につけてもいいと判断した……って言う部分を重んじたみたい。
ただまあ、婚約者候補の四人が四人揃って、不快感は示したんだけども。
いやあ、なかなか難しいよねえ。気持ち的にさ。
かっこつけたいお年頃(カルカラ兄様・談)の四人にとって、私という婚約者アピールしたい相手を前に『守るのに足りない』って言われているような気分になるのかもしれない。
いや、勿論婚約者がイコールでなんでもかんでもできなくちゃいけないわけはないのよね。
(あくまで政治的見解だけで言えば、皇女としていずれ戴くであろう領地を共に運営できればいいわけだからさ)
でもそれで同年代から年下かなって感じの、しかも中身はともかく見た目は可愛い系男子のエルヴェが皇帝から『実力は信頼できる』ってお墨付きもらっちゃったんだものねえ。
だけどそういうのって、みんな自分でなんとかするものだから放っておいた方がいいってテトとダリアが私に教えてくれたから、あえて何かを言うようなことはしていない。
「……まずは私がソレイユと話すよ。それでもどうにもならなかったら助けてね、サルトス様、ユベール」
「任せて」
「ああ」
「おれたちも控えておこう。エルヴェを盾にできるように」
「ぼ、ぼ、ぼくは……お、お手伝いで、できるかわかりません、けど……!」
エルヴェは無言で肩をすくめただけだけど、聖女になるために移動していた頃よりずっと和やかな雰囲気だ。
私は空を見上げる。
やることは山積みで、それは変わらないけれど――でもちゃんと一歩進めたような、そんな自信が生まれた気がした。




