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「まあそういった事情がありましてな。ホッホ……今日は皇女殿下の人となりを知りたくてこのような真似をいたしましたが、大変素直で実直、それでいて柔軟に対処できる様を見てこの爺、いたく感心いたしました」
つまり思ったより馬鹿じゃなくて安心したってところかな?
思わずジト目になりそうになったけど、まあ知らないよその子供が聖女って〝特別〟な地位を与えられたら心配にもなるかあ。
それも大国の皇女ってなれば、我が儘放題のお姫様イメージであってもおかしくないし。
なんせ皇帝である父様を始め兄様たちが末っ子で唯一の姫である私を溺愛しているってのは有名な話になっているらしいし?
誰だよ、生まれた時に『あの姫は後ろ盾がないから冷遇されるだろう』とか言ってたやつ。
今きっと黒歴史になってゴロンゴロンしてるか、悔しくてハンカチ噛みしめているんじゃなかろうか。
「……私はノックスに関与するつもりはありませんし、私の父……皇帝陛下もこれまでと同じようになさるおつもりでしょう。ですが、信仰の方々がどのような態度で来るかによっては、帝国は対応せざるを得なくなります」
「それはそうですなあ……」
私を生贄にしようとするなら、当然、帝国の皇女を狙ったのだからそれを放っておくわけにはいかないだろう。
逆に私を取り込んでどうこうしよう……ということになると、教会関係者と争いになることが目に見える話だ。だって相手は異端者だしね?
(むうう、これが『あっちを立てればこっちが立たず』ってやつか……)
人生ってままならないな!
ずっとそうだから今更って感じが拭えないけど!!
どうしてこんなに人生って山あり谷ありなんだ……。
おかしいな、ちょっとのハードモードは気のせいで、父と兄に溺愛される皇女っていう美味しいポジションのはずなんだけどな……?
(ええと? 今の状況を整理すると?)
私は特別な人間ではないので、ちょくちょく頭の中を整理しないとパニックになりそうだ。
要するに? なんだ?
信仰って勢力がノックスにはあって、聖女についてこれまで動きを見せなかったのに今代である私の時だけ動き出したってことだよね?
それが信仰の対象としてなのか、過去にあったっていう愛し子とか聖女とかを生贄に世界を再生させようとしているのかは不明ってことで大体合っているはずだ。
いやこれは私の中だけで完結させず、婚約者候補のみんなとも話し合って父様たちにも共有すべきことだな……!
「……わかりました。とりあえずフェイさんは第三者の立場で静観するということでいいですか?」
「まあそうですなあ。商人として機があるならば、動くこともございましょうが」
ニコニコと笑う姿は本当にいい人そうに見えるんだよなあ。
人は見た目で判断しちゃダメだってのは、こういう時も使える言葉なの便利ぃ。
「本日の食事はご満足いただけましたかな?」
「え? ええ。異国情緒溢れるお食事、楽しませていただきました」
「それはようございました。しかしながら皇女殿下にこうしてご足労いただいたというのに、もてなしが食事と茶だけとあっては蓮の名折れ。幸いにも料理をお気に召していただいたご様子ですので、城下に店を構えさせましょう」
「え!?」
「こちらの男が料理人でしてな。もしよろしければこやつの娘を皇女殿下の侍女として毒味役としてお傍に置いていただいても構いませんぞ。そこな魔獣も差し上げましょう」
いつの間にやら現れたチャイナ服の美少女が、厳ついボディーガードさんと一緒に頭を下げる。
えっ、本当にいつの間に……?
しかもさっきまで私の傍にいた大きな犬は魔獣だったんだあ……?
「えらくヒメサマに肩入れするじゃん、どうしたのさ?」
その様子にエルヴェが警戒しているのか、笑顔で鋭い言葉を発した。
やっぱりこれって賄賂じゃないけど、何かしらの意味があってだよねえ。私もそう思うもん。
「聖女の伝説など信じてはおりませんが、この目で見たものは信じると決めておりましてな。竜と魔獣を従える聖女を目の当たりにしたならば、与した方が得であると判断しただけのこと……」
笑ったフェイさん、やっぱり目が笑ってなかった。
これだから大人は怖いんだ!!




