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(まあここでする話でもないから、それはあとで……あとで……!)
決して厄介ごとを先延ばしにしようとかそういうわけじゃないよ!!
いやきっと先延ばしにしても私が黙っていても、彼らは何も言わずにいてくれる気がするけど。
だから私は婚約者候補のみんなの方を向いて、口パクで伝える。
『あ と で』
ちゃんと! 話すからあ!
今はこっちに集中だよ!!
そして私の身振り手振りの何に反応したかわからないけど、フェイさんの足下にお座りしていた巨大ワンコが何故か立ち上がり、私の前へやって来たではないか。
うおおお、デカい……!
なんだこのデカさ!
座っている私と目線が一緒ってどういうことだこれ後ろ足で立ち上がったら完全に私を越えますけど!?
「お……おお……?」
思わず変な声が出たけど許してほしい。
いや巨大なワンコがのしのし寄ってきて私の目をジッと至近距離で見つめてくるとかどうしていいか分からないじゃない?
唐突な状況に動揺する私をよそに、ワンコは変わらず私をジッと見つめていたかと思うとふいっと顔を逸らした。
圧迫感が消えてホッとした次の瞬間、今度は私の足下にゴロンと寝転がったではないか。
「えっ……」
ワンコのその行動に、私は目を丸くする。
そしてゆっくりとフェイさんに視線を向けると、フェイさんも驚いたように目を瞬かせてから小さく咳払いした。
「ああ、ええ……どうやら皇女殿下に撫でていただきたいようで。うちの犬は優秀で普段はこのようなことはないのですが……いやはや、どうしたことやら」
「え、ええと、では失礼、して……?」
この状況下で撫でないのもな? と思った私は椅子から降りて寝転がるワンコの傍らにしゃがみ込む。
フェイさんが手を挙げると、パッとどこからか人がやって来てダイニングテーブルが片付けられてフカフカのラグが敷かれ、そりゃもう手触りのいいクッションがあちこちに……床に座って寛ぐタイプに早変わり!
すっごい早業だね!!
まあとにかくおなかを撫でろと催促されているような気持ちになったので、私はでっかいワンコのおなかをなで回してやった。
気持ちよさそうにするじゃないか。ここか? ここか?
あはー、コワモテのワンコだろうと私の手にかかればこの通りよ!
撫でる前は何もしてないけどな!
「……話を続けさせていただきましょうか。皇女殿下がノックスに干渉しようとしているわけではない、ということを確認したかったのです。そうであれば協力態勢も築けようと」
「協力態勢?」
「さよう。互いに不干渉を決め込むのであれば、ノックスが聖女に対し何かするのを妨害する、そしてノックスに教会勢が干渉しようと聖女は不干渉を貫く。そうした対応が取れましょう」
「なるほど。でもそれだとノックスに対して別に聖女は影響力はないのでは……?」
教会にとってもこれといって、ねえ?
改心しろ! って声高にそんなところまで乗り込んでいく馬鹿……ごほん。蛮勇を誇る人ってそういないと思うんだよね。
ノックスにたどり着くまでがまず大変だって聞くので、よっぽどの事情がなきゃデメリットの方が多そうだもの。
そう小首を傾げる私に、ワンコがもっと撫でろと要求してくる。
可愛いなあ可愛いなあ!
「……皇女殿下は、異端者たちについてどの程度ご存知ですかな?」
そんな中、ワントーン低くなったフェイさんの声に私は撫でる手を止める。
ワンコも空気を読んだのかむくりと体を起こして、私に寄り添うように座ったのだった。




