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「美味しいお料理でもてなしは終わりかしら。それとも面白い話を聞かせてくださるの?」
「そうですなあ。この年寄りの話で皇女殿下を喜ばせることができるかどうか……」
「出で立ちがずいぶんとこの大陸とは異なるけれど、もっと遠くからお越しなのかしら?」
「この大陸の遠く東、そのまた海を越えた東の方の血を引いておりまして。この衣装がお気に召したのであれば、女性用一式を贈らせていただきましょう」
「まあ嬉しい」
私が無邪気な笑顔でそう応えれば、フェイさんは目を細めてホッホッと笑った。
その様子は孫におねだりをされたおじいちゃんって感じだけど、目の奥が笑っていないような、でも面白がっているような……背筋がぞぞっとした。
まあ笑顔は絶やさないけど!
長いおひげを弄って考える様子を見せるおじいちゃんはなんとも様になっているから、やっぱり見た目って大事なんだなあと感じざるを得ない。
なんていうか思慮深そうって感じ!
語彙力のなさは皇女としてなさけないと思うけど、それがしっくりくるんだから自分でもトホホだよ。
まあ口に出しているわけじゃないんで、こういう残念なところはバレていないと信じたい。
(それにしても、見れば見るほど……)
薄らぐ前世の記憶の中に残っている、アジアンマフィアっぽい風貌。
特に両サイドにスキンヘッドの大男を従えて、傍らに巨大な犬を侍らせているところとかがそれっぽいんだよなあ!
ちなみに犬がいるってわかったのはついさっき。
それまでフェイさんの足下にいたけどぴくりとも動いていなかったので、犬型のインテリアだとばっかり思ってたんだよね。
でも私たちがご飯を食べ始めたらよだれを垂らしていたので、気づいたってワケ。
……ご飯の匂いには抗えなかったんだね!
でもそれでも動かないのは偉いよ!!
(それにしても西洋風に中華風、ってことはやっぱり日本風な国もどこかにあるのかなあ)
正直、自分が異世界にいるって思ったのは魔法やケモ耳、聞いたこともない国々……だったから素直に受け入れられたような気もする。
もしも私がその、海を越えた東国とやらに生まれていたら今度は逆に見慣れた景色過ぎて受け入れがたかったのではないだろうか?
ほら、懐かしさを覚えるとか……私が知っている日本じゃない!? みたいなね。
(とはいえ食事とかそういうものに不満もないし大丈夫かあ)
これまで物語で見たような主人公たちと違って故郷の味を懐かしむほど私には記憶がない。
なんでこう、微妙な記憶をチラホラ覚えているのかな~って点は不思議でならないんだけど……ほら、毒親にされた嫌なこととか、実姉に対するコンプレックス的なものとか?
昔読んだマンガのあらすじはわかるけど絵柄がわからないとか、料理は思い出せるけどまるで他人事みたい、とか。
そんなことを考えながら、エルヴェがほぐしてくれた蟹の身を平らげて私は口元をナプキンで拭く。
うんありがとうエルヴェ……でももうそろそろおなかいっぱいだってば!!
「ただ神子となった皇女の顔を見たかっただけならば、これで顔合わせは済んだのではなくて?」
追加の料理が出るわけでもなく、かといってフェイさんが率先して話題を振ることもなく。
だからって私もこれ以上会話する引き出しもないし、わざわざご機嫌を取ってあげる謂れもない。
これ以上食べられそうにないし、ならそろそろお暇したいなあ、なんて。
「ほっほ! 皇女殿下は嫋やかな乙女に見えて肝が据わっておられる!」
「……ありがとうございます?」
「見事な食べっぷり、いやあこのフェイ、感服いたしました」
いや褒められたんだよね? そうだよね?
思わず私の皿に次々料理を盛ったエルヴェを横目で睨んでしまったけど、エルヴェはどこ吹く風だった。
どうすんのよ、食いしん坊皇女だと思われてたら!!




