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麓が見えてきて、私たちの姿を見つけてワッと喜ぶ声が聞こえた。
神官服を着た人たちがこちらに駆け寄ってくるのが見える。
(出迎えの、人たちかな?)
行く時も随分大勢で見送られたので、彼らも気を揉んでいたに違いない。
きっとメディーテー様からの言葉がなかったら、私は彼らのところに駆け寄るまではいかなくてもなんの疑いもなく歩み寄っていたかもしれない。
でも今は、あそこに刺客が紛れ込んでいるのかもって思うと足が動かなかった。
「何人刺客が紛れ込んでいると思う?」
「全員だ」
そう呟くと、フォルティス様が応えた。
それはもう早かった。
「え」
「全員、この土地と違う匂いがする。それから妙な音もするな。神官たちから聞いたことがない」
すごいな獣人! そんなこともわかるの!?
いやウサギって嗅覚も聴覚もすごいんだっけ……天敵から身を守るための術だもんね。
っていうか全員ってなによ。
これってピンチなのでは!?
「六人か。下が騒がしくないってことはこいつらが本物の神官の可能性は?」
「それはあるんじゃないかな。毒虫はどこにでもいるもんだよ」
ユベールとサルトス様がそんなことをいつもの調子で言っているのがこっちとしてはしんじられないんですけど。
なんでそんな落ち着いているのさ!?
困惑する私を宥めるように、隣にいるピエタス様が「だ、大丈夫、です……よ」って微笑んでくれたけどこれ安心するとかそういう問題じゃなくてね……?
ええと、うん。
私の婚約者候補たち、思っていた以上に肝が据わっているというか、覚悟がすごいっていうか……私がおかしいのか? これ。
「よし、そこで止まれ。全員だ」
そうこうしているうちに、麓からこっちにえっちらおっちら登ってきた集団が……いやうん、麓のあの門から先は儀式でもない限り登ってこないって言っていたのにおかしいよね。
もうあちらも隠す気がないってこと?
でも一応まだすぐに敵対する気配を見せないのか、彼らは顔を見合わせて笑顔を浮かべている。
「大変察しがよろしい方々で、ええ、ええ、敵対の意思はございません」
その代わり胡散臭さがログインしたね!?
神官っていうよりもまるで商人のような声音と愛想笑いに、思わず眉間に皺が寄る。
(……みんな同じような笑顔を貼り付けていて、気持ち悪いな)
偽りの笑顔なんてものは、私だっていくらでも知っている。
私自身、皇女としてよそ行きの笑顔を浮かべることなんて良くある話だし……そういう意味では社交経験者たちは笑顔の仮面を被っているようなものだって聞いているし。
でもこの人たちのそれはなんかこう……なんかこう、違うんだよなあ!
得体が知れない? 胡散臭い?
とにかくそういう感じ。
一団の中で序列があるのか、それとも話し手を一人にすることで動きを悟られないようにしているのか。
そのあたりは私にはちょっとわからないけど……とにかくその人が喋っている間はあちらも動く気はないらしい。
「我々はただ、聖女様をご招待しに来ただけでございます。お互い、騒ぎは起こさず、穏便に……それは双方意見が合致していると思われますが、いかがでしょう?」
「……名もなき者たちは随分と遠慮のない物言いをするのね」
名乗れ、というのもおかしい話だなと思ったのだ。
名乗ったところでこれまでエルヴェから聞いていたことを考えれば、彼らが裏社会の人たちだと仮定して……名前は一つの契約で、彼らが個々に最初から持つ名前に意味がどれほどの価値があるのかはわからない。
それに名乗られたところで、ぶっちゃけ皇女と暗殺者(仮)で対等かと言われると……いや前世の感覚で言えば命は同じでしょって思っちゃう部分があるものの、身分的なものではアウトでしょ?
名乗られたからはいオッケー! ってなるわけでなし……私はとりあえず、この場でもっとも高貴な存在として振る舞う必要がある。
堂々と。臆してはいけない。
何があっても。
「伝言をまずはお伝えいたします」
「そう。どなたからの伝言かしら」
「蓮の長より、新たなる聖女様に茶席を設けますので同席をお願いいたします。どのような形であれ、この招待を受けていただく旨、確かにお伝えいたしました」
それね、招待って言わないの。
脅迫って言うんだよ!!