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そうしてたどり着いた祠は、なんというか……。
「ちっちゃい」
「ヒメサマ、本音ダダ漏れはさすがにまずいんじゃないかなあ~。まっ、神様だから建前で綺麗なこと言ってもバレそうだけど」
「エルヴェも取り繕うの忘れてない?」
「大丈夫大丈夫、婚約者候補サマたちは周囲の警戒に注力してっからね」
「……エルヴェの目から見て潜んでいるのは?」
「いないね。神殿の周辺には怪しそうなのはいたけど、裏社会の連中じゃなさそうだった」
「ふうん」
聖女と裏社会なんて普通は相容れないものだけど、どうにも裏社会は聖女……というよりは寵児をトロフィーとして傍に置きたがっている。
一番狙いやすいのは、今回のような遠出をした時だから潜んでいるかなと私もエルヴェも、きっと護衛騎士たちも、国元で待っている父様や兄様たちも考えていたんだけど……。
「案外お利口さんに待ってるもんなんだね。それとも、お互いに牽制して動けないのかな」
「ヒメサマって俺といる時は口悪いよね~、なんでだろ~」
「誰かさんの影響かな~。えへへ、気をつけなきゃ~!」
「うわあ、誰の影響でしょうねえ~。ヒメサマってばお茶目さんだなあ」
白々しいな! お互い様だけど!!
とはいえまあ私もエルヴェの前だと気楽に話しているという自覚はある。
お姫様として常にお淑やかでいなければとか、婚約者候補たちを前にちょっとでも女の子らしくしなくっちゃという気負いをしなくていいっていう気楽さがそうさせているんだろうけど……いやいや、反省しなくちゃ。
いつまでもエルヴェが私の傍にいるわけでなし、婚約者候補たちにいい顔だけ見せておきたいってこの乙女心とかは大人なんだから私が律してしかるべき問題である!
「まあまずは周囲の安全が確保できたみたいだし、祠のお掃除から始めようか」
招かれたとはいえ、到着して何かある様子は見受けられない。
とりあえず持たされた掃除用具で辺りを掃除し、お供え物を置いたらお祈りのための決まり文句を読み上げて、今回のミッションは終了ということになる。
(その間に神様からの接触がなければそれはそれで無事戻ったってことで聖女に認めてもらえるってことだよね……?)
奇跡が起きているわけでもないんだけど、大丈夫なのかな……。
心配だけど、心配したからってどうにもなるもんでもないので私たちは粛々と掃除を始める。
祠そのものは古めかしい石造りの小さなもので、中のご神体らしきものは箱に入っているらしく見えない。
それには触るなって言われていたので特に触れるつもりもないけど、周囲が綺麗になってお花やお供え物をするとなんでかこう達成感もあるし、心なしか祠全体が喜んでいる気もする。
「それじゃあ後は私がお祈りの言葉を捧げるだけだから、みんなは少し下がってて」
私の言葉にみんなも頷いてくれて、下がってくれた。
大事に持ってきた経典を広げさあ読むぞ! と気合いを入れたところで、ふと足下に小さな花が咲いていることに気づく。
(……あれ。さっきこんな花なかったよね?)
白くて、キラキラした花なんて目立つもの、見落とすはずがない。
だとすればこれはなんだ?
咄嗟に、後ろを振り向く。
得体の知れないものには近づいてはならない、それは幼い頃から教わっていることだからだ。
「ねえ、みんな――」
そう声をかけた瞬間だった。
『あぶないものじゃないよ』
柔らかな声が聞こえたなと思った。
それと同時に後ろに引っ張られる感覚と、驚くみんなの顔が視界の端に見えた。
けどそれもすぐに――視界は真っ白なものに、塗りつぶされてしまったのだった。