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連載再開です、お待たせいたしました。
聖女になる――そう、心に決めたら悩みが減って前よりもずっと前向きに物事が見られるようになって、まあ忙しいけどそれも含めて婚約者候補たちとの関係を築いていこうって思った。
これからは、きっといい日になる。
そう思った矢先の出来事だ。
ある日、夢を見た。
前世の、姉の夢だった。
(ああ、そうだ……こんな顔をしていたよね)
もう自分の顔も思い出せないけれど、夢の中の姉はやっぱり綺麗な人だった。
私の中に残る姉の記憶と言えば、ツンと冷たい表情をしていた姿ばかりだった。
親に構われていてもあまり嬉しそうじゃなかったこと、作ったような笑みを浮かべて親の言葉をやり過ごしていたこと、私のことはいつも視界に入れないようにして目が合うとふいっとすぐに逸らすこと、それでも私が困っているとふらっと現れて『これ、要らないからアンタにあげる』って必要なものをくれたこと……。
そんな歪な思い出しかない姉が、夢の中では笑っていた。
とても自然で、知らない人みたいな笑顔で――それがまた、素敵だと思うくらい、綺麗な笑顔だった。
『――……生活も安定したし、あの子に会いに行こうと思うの』
『いいのかい? もしかしたらご両親に見つかるかもしれない。そうなれば』
『そうなったらその時だわ。それよりもあの子の方が心配よ。きっとあの両親のことだから、あの子に迷惑をかけていると思うの』
『それは……』
駆け落ちした相手だろうか?
定点カメラで見る映像のようなそれは、姉の表情しか見えない。
『今は生活に余裕もあるし、アパートの契約の保証人になるとか、何か困った時の連絡先とかになれるって、それだけでも役に立ちたいと思って。きっとあの子のことだからあの両親から自力で逃げ出しているはずよ』
『……受け入れてくれるといいね』
『そうね。……ひどい姉だったとは自覚しているから、拒絶されると思う。それでも二人きりの姉妹だもの』
ああ、そんな風に思ってくれていたの?
私は手を伸ばしたつもりだけど、ただ映像が続くだけ。
声も出ないまま、姉がまた笑った。
『突然会いに行ったら、どんな顔をするのかしら。今更、ちゃんとした姉妹になりたいだなんて……虫がよすぎるって怒られちゃうかもしれない』
『一緒に謝ろうな』
『ありがとう』
いいんだよ。謝らなくて。
幸せになってくれていたなら、もういいんだよ。
だって私はもう幸せだもの。
素敵な父様と兄様たちがいて、頼りになる婚約者候補たちもいて、なんだったら皇女様でめっちゃ美少女に転生したんだからね!
……って、転生。そうだよ!
だめだよ会いに来ちゃ!
だってそっちの私はもう、死んでいるはずなのだから。
幸せになった姉が今更ショックを受ける必要はないのだと私は必死に声を出す。
これっぽっちも音にはならないけれど、必死に、とにかく必死に。
「行っちゃダメだってば!!」
ようやく出た声は、むなしく私の――ヴィルジニア=アリアノットの部屋に響いたのだった。




