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聖女。神に愛される女性。
高位の女性神官とはまた異なる、特別な存在……。
「ヴィ、ヴィ、ヴィルジニア!? 何を……あんなに難色を示していたではないか!!」
「ツ、ツィットリアの〝寵児〟であることがやはり負担に……!? ああ、話すのではなかった……!!」
父様とマルティレス神父様が動揺して立ち上がる。
兄様たちは驚いているようだけど、どこか面白そうに私を見ていた。
あー、ヴェル兄様は面白いくらい縦に揺れているけど。あれ大丈夫?
「落ち着いてください、父様、伯父様。聖女にはなりますが、私はヴァノ聖国に住むつもりはありません。神殿奥深くで祈りを捧げる聖女ではなく、皇女兼聖女として務めていくつもりです」
そうなのだ。
なんだかんだ言われたり結局狙われるんなら、もういっそのことなっちゃって堂々としたらどうだって話じゃない?
皇女としても、兄様たちほどじゃないけど価値がある存在でしょ?
しかも兄様たちに比べたら狙いやすいっていうか弱っちいっていうか……傷ついてなんかいないぞ、事実だからな! 兄様たちが規格外過ぎるんだって!!
「皇女兼聖女……?」
「またワケわかんねえこと言い出したぞ、うちの妹が」
「ワケわかんないってそんなことないでしょ!?」
アル兄様とパル兄様がひそひそと内緒にもならない内緒話をしているその発言に思わず突っ込んでから、咳払いを一つ。
「私はこの帝国の皇女として兄様たちと同じく仕事もしたいし、どうせ狙われる立場なら聖女っていう肩書きが増えてもいいと思ったの。むしろ皇女という強みを持ったままでいれば、私は〝寵児〟としても〝聖女〟としても帝国の庇護を受け続けることができるでしょう?」
「……当然の権利だし、その主張は正当なものだな」
「そうですね、皇女として、皇族は国民のために尽くすことが義務。聖女という肩書きを持って動けば帝国内の教会も今後ヴィルジニアにより協力してくれるでしょうし……ニアが望むことも手がけやすくなるだろうし」
ヴェル兄様の振動が終わった……! どうやら気持ちが落ち着いたらしい。
そしてその横で笑いを堪えるようにしつつオルクス兄様も納得してくれたようだ。
ちなみに私が望むことってのは、かつてユベールのお母さんである魔国の王妃、クララ様が一時期お世話になっていたような、行き場のない傷病者を教会が慈悲の心で世話してくれていた建物……あれ、実は名前がないんだよね。
あれをもっとちゃんとできたらいいなって話なんだよね!
これに公費をつぎ込むには教会との折り合いだとか、地域住民の協力だとか、入るにしてもただ働きたくないから浮浪者になりました~なんて人が紛れ込まないように、本当に困った人が利用できるシステムを作らなきゃいけないってんで骨の折れる作業になることが目に見えているから実現できていないんだけど……。
なにせ私は今のところ目立った功績もない皇女なので、協力者を集うにも難しいのだ!
まあそれはともかくとして、私の発言はどうやらみんなに衝撃を与えたものの、概ね好意的に受け入れられたようだ。
「……聖女になるとニアにとって何か変わるのかって言われたら何も変わらないよねえ。あ、でもぼくもそれなら教会からの依頼の聖像作っても良いかも。聖女像がヴィルジニアならやる気が断然違うしね!」
「兄上、わかっていると思うけれど普通の大理石で作るんだよな……?」
カルカラ兄様さすがわかってるぅ!
しっかりシアニル兄様を止めてくださいお願いします。
とりあえず兄様たちがすぐに理解を示してくれたことで私は勇気づけられた。
(……もう、大丈夫)
私はいつだって、一人じゃないんだから。
悩む必要なんて、これっぽっちもなかったんだ。




