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「んんんん?」
「いかがなさいました、姫様」
デリアに問われても、エルヴェに不思議そうな顔をされても、私は上手く言葉が見つからずに眉間に皺が寄るばかり。
そんな私のことを心配してソレイユもうろちょろするけど、自分の心の内を上手く表現できる気がしなかった。
「……グノーシス」
「は」
「……グノーシスは大人だよねえ」
「……は、それは、そうかと……」
自分でも変なこと言ったなという自覚はある。
だけどそうじゃなくて、いやそうなんだけど!
「ちょっとグノーシスと話がしたいから、二人は下がってて」
「……承知いたしました」
「室内側の警護でテトに入ってもらって」
「はい」
グノーシスと私で何かあるわけじゃないし、異性と二人きりっつっても執事のエルヴェが許されているんだから彼だって許されている。
けどまあ、念のため……正直なところを言えば、グノーシスに相談という形でテトにも聞いてもらえたら嬉しいなっていう私の狡さだ。
デリアはちょっとだけ不満そうな雰囲気が見え隠れしていたけど、人生経験と結婚経験者っていう二点においてグノーシスとテトの方が圧倒的に強いからね!
「……ねえ、グノーシス。さっきのユベールのってどういう意味だと思う?」
「それは……」
ユベールの言葉を考えれば、彼は私との婚約を心から望んでいるということになる。
奴隷の子から平民になる予定だった彼が、私と知り合って……紆余曲折を経て王子という身分を手にして皇女との結婚を夢見るほどに私に恋い焦がれたっていう風に思えるかって言うと私だってそこまでお花畑ではないので違うと思う。
いや全部を否定しているわけじゃなくてね?
吊り橋効果って言葉もあるでしょ?
危険を助けて共に過ごし、彼の存在を受け入れただけじゃなくて母親のことも救った。
そして異国の地で心細い時に手紙で支えてくれた相手……という風に考えたら、ユベールが私に対して依存的になるのも仕方がないんじゃないか? ってことに今更ながら気づいたわけですよ。
でもそれって、恋とかそういう感情とは違う……んじゃないかと思うんだけど、そこに自信が持てない。
いや、これから長い時間を共に過ごして異性として意識していけばお互いハッピーってこともあり得るし、むしろその方が可能性としては高いと思うんだけどね!?
でも、もし。
もしも……これがただの依存だって、ユベールが気づいて。
本当に心から好きな人ができた時、彼は後悔するんじゃないか? って思ってしまったのだ。
私は皇女としていずれにせよ政略結婚をしなくちゃならないと最初から思っていたし、そこに気持ちが乗っかってくれたらこれ以上はないなって考えていた。
前世の影響もあって『幸せな家族』を作れたらそれでいいと思っていたから。
そりゃ恋愛はしたいと思っているけど、それは政略結婚を見合いと考えれば十分できる範囲じゃない?
それは多分、他の候補者たちもそのくらいの考えはあると思う。
断れない見合いなら、好ましい相手だとなおいいな、くらいな感じで。
(でも、ユベールはそうじゃない)
いつか本当に好きな人に出会ってしまった時、ユベールは割り切れるタイプじゃないと思うんだよなあ……。
「……って、私が人の気持ちをどうこう言える立場になかったよね。忘れて!」
「……アリアノット様」
「グノーシスに聞きたかったのはね、自立した大人って何かなって。さっきユベールとも話していたから知っていると思うけれど、父様が私たちの成長を願ってくれているなら私も努力をしたいと考えていて……」
「慌てる必要はないかと思います」
「それでね、一人だと無駄に悩んじゃうから大人の意見をいろいろ聞いて……って、えっ?」
「姫様は十二分にご立派です。皇族としての務めも果たし、陛下や殿下方に甘えるだけでなく自分でもの考え、行動に移されておいでです。足りぬことなどございません」
「……そう、かな」
でも父様は、きっと私たちが『頑張っている』という自分に甘えてしまうことを良しとしていないからこそ、エルヴェを通じて揺さぶりをかけてきている。
婚約者たちを揺さぶることで、彼らに対して私がどう対応するのかを見ている……と思う。
それってつまり、今のままじゃだめだって言われているようなものじゃないの?
前世の私は、努力しても努力しても何も手に入れることができなかった。
束の間の自由ですら、結局あの人たちが私を見つけ出して終わってしまったくらいだ。
今世がいくら恵まれているからって、そんな私が足りているなんてどうしても思えない。
むしろせっかく権力のある家柄に、しかも超絶可愛く生まれたんだからこれを利用してもっと努力するべきじゃないの?
そうしたら、もっと……幸せに、なれるんじゃないの?
これって私の考えがおかしいの?
ああもう、よくわかんなくなってきちゃった!
最近こんなことばっかだなあ、もう!!