第166話
「……ユベールは、エルヴェに何を言われたの?」
「え?」
「あっ、別に無理に言わなくていいからね!? エルヴェはユベールはブレなかったって言ってたからちょっと気になったって言うか……でもきっと個人的に何か嫌なこと言われたんなら私からエルヴェに注意しておくから遠慮なく言って欲しいっていうか……! ほかのみんなにももしかして失礼なことしてないかなって心配で!」
「うーん? うーん」
慌てる私に、ユベールは少し考えている様子だ。
何かあったかなあと本気で考えているみたいで、私は目を瞬かせる。
そして程なくして考え込んで俯いていたユベールが、はっとした表情で顔を上げて私を見た。
「ど、どうしたの?」
「あれかな……魔国での立ち位置があやふやだから世話になった皇室の方がずっと気が楽で、友人としての関係が他の三人に比べてあることを理由につけいっているという噂を知っているかってやつか?」
「ええっ、なにそれぇ……」
なにそれえ!?
そんな噂があったの? っていうかそれエルヴェが噂ってことにして突っついたのでは……?
いやでもあの子は嘘も吐くし人が嫌がることも厭わないけど、必要だからしているんだよね。
だとしたらわざわざそんな噂をでっち上げる必要なんてないし、本当にそういう噂があるのかも……!?
「そ、そんな噂が……」
「ああ、あったみたいだ。俺は知らなかったんだけど」
なんでもエルヴェに言われてからユベールも調べてみたらしい。
どうやって? って聞いたけど、そこは教えてもらえなかった。ちぇっ。
とにかく、実際そんな噂はあったらしい。
魔国から連れてきた人たちの耳にも入っていたらしく、ユベールには届かないよう遮断されていたんだってさ。
まあそりゃ当然か……。
主人が傷つかないように、心穏やかに過ごしてもらうことが彼らのお仕事だもんね……。
「まあ当たらずとも遠からずって感じだから、俺は特に気にならなかった。魔国で王子としての立場も、鳥人族っていう種族としても、結構あやふやだと俺も思っているから。それに生まれ育ったのはこの帝国だから、こっちの方が馴染みがあるしな。料理とか、気候とか……」
「それはそうだけど……魔国の宮廷料理は美味しくないの?」
「いや? あっちはあっちで美味いものがいくらでもあるよ。帝国にはない食材とかもあるから、いつかニアにも食べさせてやりたい。変わったデザートもあるんだ」
「へえ~、どんなの?」
「魔国の山から取れる万年氷に糖分が含まれていて、それを削り出したものを砂糖代わりにケーキに飾ったヤツとか……あれ、キラキラしてたからニアもきっと気に入るよ。数が採れるものじゃないから、輸出品目には載らないんだ」
「キラキラするケーキ!?」
ちょっと想像ができないな……。
そもそも氷に糖分ってなんだ? 魔国って不思議な国だなあ!
「話を戻すけど、俺は自分がそういう立場であること自体は割とどうでもいいから話を聞いても他人がそう思ったんだな、程度にしか思わなかった。だから次にエルヴェに会った時に感謝の言葉を伝えたよ」
「……そ、そう」
感謝も違う気がするけど……まあ、知らないのもよくないってことなのかな?
ユベールも王族の一員として、無知は罪だと教えられていると思うし。
でもそれにしてはあまりにもあっけらかんとしていて、私は戸惑うしかできない。
「もともと奴隷の子だと自分でも認識していた。そのうち平民になって、農夫になるんだと思っていたんだ。王子なんて元々がらじゃなかったしね。……帝国が恋しいのかって言われたらわからない。俺は、あの片田舎の、小さな農場しか知らなかったから」
ユベールの世界は十歳まで、小さな農場の主とお母さんと、動物たちだった。
王子だと連れて行かれた先は遠い、見知らぬ土地で……豊かになっても、気持ちが追いつかなかったことは手紙のやりとりで知っている。
だから、私は何も言えなかった。
「ただ、俺にとってニアとの繋がりだけが、俺の救いだった。だからこの婚約は、誰が何を言おうが、俺の望みそのものだ」
そして真っ直ぐに、ただ真っ直ぐに私を見つめて微笑むユベールのその言葉が、私にとってはなんだか……とてつもない重みを感じたのは、気のせい……だろうか?
純粋執着ユベール君。