第165話
しかしながらかつてシエルだったユベールを前にすると、他の候補者たちよりもなんとなく……こう、説明できないんだけど雰囲気的に? こう? 話しやすさがなんとなく違うっていうか……。
まあつまりなんだ、私は〝自立とはなんぞや〟について頭を悩ませているとついペロッと話してしまった。
「なるほどな。……だけど、いいんじゃないか?」
「えっ、何が?」
「だってニアは別に甘えすぎて駄目になっているってこともないし、皇子殿下方は甘やかすと同時にニアが悪い方向に進まないよう、きちんと見守っていると思う。陛下は……ちょっと甘やかしの度合いが過ぎるなって俺でも感じることがあるけど、逆にそれはそれでニアが冷静にならざるを得ないって感じだろ?」
「まあ、たしかに……」
なんだかんだ兄様たちは私がまっとうな大人になれるよう導いてくれている感はある。
悩み事はきちんと聞いてくれて、私が落ち込んだ時には寄り添ってくれて……。
父様はあれだ、果物美味しいって言ったら翌日果樹園プレゼントとかそういうことしてくるから確かにこっちが一周回って冷静になっちゃうな……。
言われてみればその通り。
甘えすぎて依存的になって自立できない、なんてことは起きそうにない。
兄様たちはきっとそうなったら、私のことを一度は見捨てずに説得してくれるだろうという謎の自信が私にはあるし、そうやってかけてくれる期待に応えたいという気持ちも私の中にある。
「……あれっ、じゃあ別に問題ない……?」
「頼りになって甘やかしてくれる人がいるなら、疲れた時や助けてほしい時に甘えたいなって思うのは当然じゃないかな」
「そっか……」
「で、俺たちに対して会いづらくなったのは、申し訳ないってだけじゃなくて……少し、羨ましく思っているんじゃないか?」
「えっ?」
「俺たちは確かに俺たち自身がどう思うかじゃなくて、周りの状況や環境からすれば扱いの難しい存在で行き場がないからここにいる……とも取れる。俺は違うけど」
「……行き場がない、から」
そうだ、行き場がないから。
私の婚約者という立場に収まらないと、彼らは困るから。
でもそれの何を羨むっていうんだろう?
首を傾げる私に、ユベールは困ったように笑った。
答えていいのかと聞かれているようで、私も少し躊躇う。
だけど、知りたかった。
なんとなく、悔しくなったから。
「……俺たちは大人にならざるを得ない。そうしなきゃ生きていけないし、自分の立場を守れない」
「うん」
「でも俺たちと逆で……ニアは、甘えないで大人になる理由が欲しいんじゃないか」
言われてハッとしてしまった。
候補者たちが親元を離れて寂しく暮らしているのを申し訳なく思った。
私は甘やかされているのに。大事にされているのにって。
でも親元から離れて、一人でなんでも……ってわけでもないけど、ある程度自立して暮らす彼らに『私もその状況ならそうできた』とかなんだかんだ言い訳をしている気がする。
(前世だって『親があんなじゃなければ私だって周りの子たちみたいに甘えて楽しく暮らしていた』って思ったっけ……)
何かを理由にしなければ、負けてなるものかって思わなければ、やってられなかった前世。
ズブズブに甘えても許される今世で、私はどこかで言い訳を探している。
甘やかされたいのに、前を行く彼らを羨ましくも思っている。
私を置いて大人になっていく彼らを、妬ましく思って……でもそれは環境のせいだから、彼らは可哀想だからって自分を誤魔化していて、私はそんな自分のことが一番嫌いだ。
だから、そこから目を背けたかったのかもしれない。
「あ、あー……そっか、そうかあ……」
そしてそれをユベールに見抜かれていたってことは、きっとあの三人も少なからず察しているんじゃないかなって気づいて私は落ち込んでしまった。
それでも彼らは何も言わないで待っていてくれているんだってことも気づいてしまったから。
私が落ち着くのを、焦らず待っていてくれたんだ。
おっかしいなあ!
精神年齢だけなら、私の方がトータルで上じゃなきゃいけないのになあ!!