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末っ子皇女は幸せな結婚がお望みです!  作者: 玉響なつめ
第十六章 それはじわりと染み込む毒
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「俺はね、あの人たちにただ自分の思ったこと(・・・・・)囁いただけだよ」


 エルヴェはなんてことないように、そう言った。

 ふんわりとした笑顔を浮かべるその姿には、悪意なんてまるで感じない。


「アルボーの若君には、今ならまだもっと広い世の中を見てこれるんじゃないかって言っただけ」


 皇女の夫となれば土地に縛られ、遠方に出向くことはあってもさほどの自由はないだろう。

 これまで〝大事に〟されてきたサルトス様が、帝国に来ることで世界が広いことを知った(・・・)からこそ……より広い世界があることを示し、彼の自由を求める気持ちに囁いた。


「ヴェイトスの若君には幸せを祈るだけなら聖職者でもできるんじゃないかって言っただけ」


 誰とも争うのが苦手なピエタス様は、みんなの幸せを祈っている。

 なら、別に夫じゃなくてもいいのだという事実について囁いた。


「スペルビアの若君には、騎士として剣を捧げる先はどこなのかって囁いただけ」


 宗主国である帝国に捧げるのか? それとも愛する祖国に捧げるのか?

 属国の王子であるフォルティス様の選んだ結果が最終的に同じでも、その心の根っこはどこなのか……皇女の夫になるその剣についての行く先を囁いただけ。


「ね? 俺は変なことを一つも言っちゃいないのさ!」


 クスクス笑うエルヴェのその屈託のなさが、私は怖い。

 怖いと思うのに、そうなるってわかっていたのに、聞いたのは私自身だ。


「さあ、ゴシュジンサマ」


 エルヴェが笑みを深めた。

 私との距離はテーブル一個分くらいあるはずなのに、酷く距離が近いように思えた。


「ゴシュジンサマは、どうするの?」


「……どう、するって」


「甘ァい砂糖菓子みたいな結婚を夢見るの? まあお姫様だしまだ十歳だもんねエ。あ、でも俺たちみたいのだと十歳じゃあもうとっくにあれこれ仕込まれて一人前の暗殺者になってるケド!」


 何がおかしいのかアハハと笑ったエルヴェのその目が、怖い。

 金茶色の瞳が、まるでどろりと蕩ける蜂蜜みたいに私のことを絡め取る。

 甘い柔らかな声と笑みで、それでいてそこにはきっと甘いだけじゃない何かがあって。


「ゴシュジンサマがただ何にもしないで笑って、これまでと同じお姫様として大事に大事に結婚後も扱われる……そんな生活がお望みなら俺がそれを手助けしてあげる」


「私、そんなこと……」


 じわじわと、心の中を見透かしてくるみたいな視線から目がそらせない。

 そらしたら認めてしまうことになってしまいそうで怖い。

 でもやっぱり見つめていると、何も考えられないような気がして怖い。


「どうして? だってゴシュジンサマは幸せな結婚がしたいんでしょ?」


「それは、そうだけど……」


「ならいいじゃない。ゴシュジンサマの代わりに働き蜂みたいに頑張る夫を選んで、皇帝陛下たちの庇護下でこれからもゴシュジンサマは大事に大事にされるんだ。俺にそう言えばいい。『エルヴェ、全部任せるよ』って」


 おかしい。

 おかしい、おかしい!


 エルヴェの目を見ていると、蜂蜜に呑み込まれたみたいに甘ったるい声とその言葉に思わず頷いてしまいそうになった。

 だけど咄嗟に『違う、これはおかしい』と思えた瞬間、パッと視界が晴れたような気持ちになった。


「エルヴェ、何したの!」


「えっ、凄いやゴシュジンサマ。俺の催眠から自力で抜け出したの? ハハッ……聖女様ってのはやっぱりすごいな、興味が尽きないよ」


「……ソレイユ、ブレス!」


「キュッ」


「おっと」


 私の言葉を受けてソレイユが即座に火を噴いた。

 それを軽く避けてエルヴェが私の前に膝をつく。


 見上げてきた彼の金茶の目は、今度こそ普通の色をしていた。


「俺はね、ゴシュジンサマたちの鏡。不安を、欲を写し出す鏡だよ。まあゴシュジンサマに今やったのは俺の興味本位の行動だったから、契約違反になっちゃうのかな。……代わりに何でも言うこと聞くから、許して?」


 そんな言葉に私は文句を言おうとして、ぐっと言葉を呑み込んだ。

 だって実際そうだったから。


(そんなことないって言いたかったけど)


 将来のことを考えると、何もかもを放棄して今と同じようにただ甘やかされて可愛い可愛いって言われて過ごす状況のままでいたいって、心の中で思っている自分がいるからだ。

 

 自立した大人になりたいって思う気持ちは本当。

 前世の自分ができなかった分も含めて、しっかりした大人になってやるんだ! って思っている。


 でも甘やかしてくれる人たちが近くにいてくれて、それをもっと享受していたいって……そんな欲を、エルヴェを通して思い知らされたことが、悔しい。


「……エルヴェ、おやつもらってきて。苺のケーキ」


「えっ、今季節じゃないけど?」


「私の言うこときくんでしょ! ほら早く!!」


「ええっ、横暴だ!」


 エルヴェは毒か薬か。

 それは扱う私の采配次第。


(……どっちに転んでも、きっと家族は私を見捨てない。それがまた、甘えちゃいそうになるんだよなあ)


 私の望む〝自立した大人〟って、なんだろう?

 改めてそこから考えなくちゃいけないなって、そう思ったのだった。

書籍版「末っ子皇女は幸せな結婚がお望みです!」2巻が8/25に発売となりましたー!

婚約者候補たちの登場やWEBでは登場の少なかったユベールのあれこれ書かせていただいてます。

機会があったらお手にとってもらえると幸いです!

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