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考えることが、増えた気がする。
いや前々からあれこれ考えてきたし、計画を練っていたし、教師陣からの宿題なども含めて頭を悩ませない日はない。
だから特別負担が増えたのかというと、そうでもない……?
明確に『これだ!』って悩みの本質はわからないけど、とりあえずエルヴェという新しい存在にまだ慣れていないせいだって言うには、誤魔化しきれないこの違和感。
「……エルヴェは私たちを引っかき回すのも、仕事のうち……?」
「おっ、鋭い。でも引っかき回してるわけじゃないよ、ゴシュジンサマ」
私の小さな呟きを拾って、エルヴェが楽しそうに笑った。
ところでソレイユに指噛まれてるけど痛くないのか?
「今んとこブレないのはオルフェウスの王子様だねえ。俺のイチオシ~」
「ユベール?」
「そうそ。尊い方の名前を呼ぶなんて俺みたいに日陰者がしていいことじゃないからさあ」
相変わらずの晴れやか笑顔でとんでもねエ発言繰り出してくるよね。
もう慣れたけども。
「引っかき回してるわけじゃない……」
「うちのゴシュジンサマはもう察しちゃった? ん、まあ候補者の方々ももう俺の意図は十分理解したみたいだけど~」
「えっ?」
「愛とか恋とかは俺にもわかんないけどね。だって俺が暮らしてるとこも親子とかあるけどさ、大抵は捨て子とかだったりするんだよ。俺はまあ、親父と血の繋がりがあるみたいだけど母親はいなかったし、いてもあの親父が普通の親かっていうとちょっとなあ……」
クスクス笑うエルヴェは明るいから、言われている内容とあまりにもちぐはぐ過ぎて私はどういう表情をしていいのかわからない。
いや、多分前世の私もそうだった。
普通じゃない両親、でもそこに同情されるのは嬉しいけど心苦しかったし、誰かに言っても変わるわけがない現実だったから私も『そういうものだ』ってなんてことないように言っていたような気がする。
多分、周りの人は反応に困ったんだろうな。
でもじゃあどうすれば良かったのか、転生してそれなりの年数生きてきた今でも答えはわからないままだ。
「……そっか」
でもわかるのは、エルヴェに同情するべきではない。
だってそれは彼にとっての現実で、彼がそれを受け入れて認めていて、特にどうして欲しいわけでもないことだから。
「俺はね、ゴシュジンサマを守るの。体も、心も。それが契約」
「……エルヴェ?」
「お綺麗な世界しか知らない人たちの心を揺さぶるのは簡単だ。それの応用でちょっと突っつけば本人たちは見たくもなかった自分の心と向き合うことだってできる」
それはまるで、歌うように聞かせる言葉。
なんだか治療薬の話みたいだなんて思った。
「ああ、そっか。毒は薬で、薬は毒だから……」
思わず口から漏れた言葉にエルヴェがちょっとだけ目を丸くしてから笑った。
その笑顔は、いつもの貼り付けたものとはちょっと違って、ドキッとしたのは内緒だ。
「さっすが俺のゴシュジンサマ。賢いねえ」
言い方はちょっぴり意地悪だけどね!
あとソレイユ、そろそろペッしなさい、ペッ!!