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「ゴシュジンサマ、スペルビアの王子殿下が是非お茶をご一緒なさりたいとのことです」
「……」
ニッコニコのエルヴェ。
仏頂面のフォルティス様。
うわあ、……うわあ。
(どう見てもフォルティス様が望んでここに来たとは思えないけど!?)
めっちゃ不機嫌そうなんですけど!
でもエルヴェが彼を無理矢理ここに連れてきたとは思えないから、もしかするとフォルティス様が私に会いに来る途中でエルヴェと会って、何か不愉快にさせたんだろうか……?
あり得る、めっちゃあり得る……!!
だってエルヴェ楽しそうだもん。
「ただいま新しいお茶とお茶菓子の準備をいたしますねエ~。あっ、デリアさん、ここからは俺が引き継ぎますよ~」
いつものように笑顔を浮かべるエルヴェに対して、デリアも少しムッとした表情だ。
彼女も私の専属侍女だから、そういう意味ではエルヴェよりも先輩なワケだし……なのにエルヴェが横からあれもこれもって最近手を出してくるから、あんまりいい気分はしていないと思う。
エルヴェはエルヴェで私の護衛っていう役割があるから、私からデリアに言えないことも多いし……むむむ、どうしたものか。
そう思って少し困っていると、エルヴェが私に向かってパチンとウィンクをしてきた。
「デリアさんにはゴシュジンサマの入浴の準備をお願いします。陛下が本日の晩餐はゴシュジンサマとなさるとのことで……時刻の方は追って連絡するとのことでした」
「……そうなの。わかったわ、伝えてくれてありがとうエルヴェ」
「よろしくお願いします~!」
夜は父様と晩餐か。兄様たちもいるんだろうか?
最近の父様はなんだか家族を大事にしているっていうか、家族団らんがしたいお年頃なのかな?
ヴェル兄様が結婚して、他の兄様たちが結婚して城を出る日が刻一刻と近づいていることを寂しく思っているのかもしれない。
妃たちとは定期的にお茶をしたりはしてるみたいだけど、やっぱり義務感は拭えないんだよなあ。
とはいえ夫婦としての信頼関係はあるみたいだし、子供が口出しすることじゃないね!
「……ええと、フォルティス様、どうぞこちらにお座りください」
「……感謝する」
フォルティス様が私の言葉を受けて向かい側に座る。
四阿のテーブルに広げられていたお茶はエルヴェの手によってサッと片付けられ、別の茶器が並んだ。
いつの間に用意していたのか……。
「アルボーより花の香りがする茶葉が届いておりましたので、ご用意いたしました。茶請けには焼き菓子よりも果実が合うとのことでしたので、こちらを」
「……ありがとう、エルヴェ」
本当にいつ用意したのかな?
さっきまで父様のところに定期報告に行っていたはずなんだけどね?
あまりにも準備が良すぎてこわいんですけど?
こっそり、ため息を一つ。
まあこの場にいるフォルティス様とサールスは獣人族で耳がいいから、私のため息を拾っているとは思うけど……それでも漏れ出てしまったものはもうどうしようもない。
エルヴェはわかっててやっているだろうから、むしろ面白がっているかも。
(本当にエルヴェが来てから、みんな普段と変わらない生活をしているのにどこかピリピリしている……これでいいとは思わないけど、打開策も見つからない)
エルヴェは、決して間違ったことを言わない。
全てを公にしなくても、聞けば答えるし小馬鹿にはしても敵対はしていない。
でも彼の言葉は、どこか人の心を……特に弱い部分を、逆撫でするようなものがある。
(それがわざとだっていうんだから恐ろしい子!)
面白いから、ってだけじゃないような気はしているけど、それが何かを聞いたところで私にどうにかできる問題じゃなさそうだってことはわかっている。
わかっていて、この胸に小さく刺さる棘のようなモヤモヤした気持ちはどうしたらいいのかわからない。
多分、みんなそうだから、ピリピリしている。
わかっていても、わからないから。
(……生きるって、難しいなあ)
不幸せだった時はそこから抜け出して幸せになってやるんだって思って。
抜け出して幸せになったら、幸せを維持するにはどうしたらいいんだって悩んで。
より幸せになるにはどうしたらいいのか……って尽きることのないこの悩み!
「いかがですか? ゴシュジンサマ」
「……美味しいよ、エルヴェ。ですよね、フォルティス様」
「ああ」
甘い花の香りがするお茶は、思ったよりも渋かった。
書籍版第二巻が8/25発売になります!
ニナハチ先生の可愛らしいイラストをお楽しみに~!!