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専属執事であるエルヴェは私の傍にずっといる。
それこそ四六時中。
身の回りのお世話……着替えとかお風呂とか、そういうことはデリアがするけど、それ以外はエルヴェが担当するようになった。
とはいえブラック企業ではないので、彼にもお休みはある。
それは王城勤務の人に与えられる権利なので、当然のことだ。
「エルヴェってお休みの日は何をしているの?」
「我が君の護衛だけど?」
「えっ、休んでないの!?」
「特にすることねぇし~」
へらぁっと笑うエルヴェだがこれはとんでもないことでは……!?
暗殺者って意外とブラック企業体質なのか?
これはいけない。とんでもなくいけない。
彼の職業である暗殺者というものを肯定はしないけど、否定をしていいもんでもないことは頭で理解している。
なんせ求められてその職(?)が存在しているのは事実で、その職を生み出したのは国家であり人なのだ。
まあそんな小難しいことは一旦脇に置くとして。
「ゆっくり休まなきゃだめじゃない」
「どうして?」
こてりと首を傾げて私の足下に跪くその姿は、危うい。
まるで子猫のようではないか。
実際には私と同年代の美少年……くっ、なんか倒錯的ってやつだなこれ!!
「お休みの日には好きなことしていいんだから、私の護衛は勿論お仕事だし大事だと思うけど……」
「だって俺が決まった日に休みもらってんの敵にバレたらただの狙い時じゃん」
「ぐっ、ま、まあそうなんだけど……不定期にしてもらったじゃない」
暗殺者に休日の大事さを説くって難しいな……!
確かに彼は私の護衛でもあるので、離れていると彼と同業? だかなんだかがそれを察知して誘拐だの暗殺だのしようってしたら防ぎにくいのは事実。
本来使用人に与えられる休日は人数が多い場合は定休で与えることが多いんだけど、私の周辺は人がまだ少ないから不定期で……ってことになっている。
実際デリアは殆どお休みナシだったからね、気づくのが遅くて申し訳ない!
その辺は上手いことこれまで他の人たちがやってくれていたけど、自分とこの使用人に関して気を配るのも主人としての仕事だから気をつけなくては……。
雇用主そのものは皇帝である父様だけど、その管理は配属先の皇族が気を配るものなのだ。
勿論、放置してもある程度そこは使用頭たちがいいようにやってくれるから、上が無能でも安心だよ!
人を使うこと、気を配ることを実地で学ばせる手段の一つでしかないからね。
あくまで皇族として周りをどれだけ把握できているかってだけの話。
「それに俺、別にしたいことないし~。我が君の傍にいた方が面白いし」
「その〝我が君〟って止めない……?」
なんか背中がむずむずするんだよね。
すっごく痒いから本当に止めてほしい。
一応エルヴェも気を遣ってくれているのか、外ではそんなこと口にしないんだけども……。
「ん~、やなの?」
「いや」
「そっかそっかぁ~、じゃあどうすっかなぁ」
小首を傾げながら私とソレイユ用に用意されていたオヤツをつまんで口に放り込んだエルヴェはにっこりと笑う。
ソレイユが噛みつこうとするのをするりと避けて、彼は恭しく一礼した。
「それじゃあゴシュジンサマと呼ばせていただきます」
「……我が君よりはマシかあ……」
「お気に召して何よりです。ゴシュジンサマ」
語尾にハートでも付きそうなくらいのわざとらしい甘ったるい声で、蕩けるような笑顔を見せるエルヴェ。
本性を知らなかったらただの可愛い男の子だけど、中身がこれだからあざとい……でもわかっていても可愛い……ずるい……!
「それにしても私の傍が楽しいなんて、エルヴェは退屈にならないの? 特に何かしているわけじゃないのに」
そうなのだ。
私は基本的、生活に変化がない。
お勉強、婚約者候補たちとの時間、公務で慰問、治癒魔法強化のために騎士隊の訓練場に顔を出す、自由時間は本を読んだりソレイユと遊ぶ、父様や兄様たちとのお茶会……大体がこの繰り返し。
面白いことは何もないと思うんだけど……。
私が不思議に思って尋ねると、エルヴェは今度こそ悪い笑いを浮かべた。
「あのヴェイトスのお坊ちゃん、俺がゴシュジンサマの近くにいるのを羨ましそうにジーッと見てくるの、知ってた?」
「え、ピエタス様が?」
「そんなに俺が羨ましいなら、自分からゴシュジンサマの足を舐めに来ればいいのになあ。そう思わね? ドラゴンちゃん」
「キュギューッ」
「おっと、こんな部屋ン中でブレスや魔法は御法度だぜ。ゴシュジンサマが怪我しちゃうだろ」
へらりと笑うエルヴェは楽しそうだ。本当に。
基本的にソレイユが拒絶反応を示さず同じ部屋にいることを認めていることを考えれば、エルヴェは敵ではなくやはり味方には違いないんだろうけど……。
(足を舐めに来いって)
相互理解は、遠そうだ……。