156
私と婚約者候補たちとのお茶会は順調に続く。
続いているってことはつまり、エルヴェも私の専属執事だからそこにいて……まあ、ちょっぴり距離を取るわけだけども、視界には入るっていうか。
でもそこはサルトス様以外、使用人が常に視界の端にいることに慣れているので気にはしないようだけど。
(でも、サルトス様がエルヴェを気にするのはそれとは別っぽい気もする……)
まあサルトス様だって祖国じゃ〝守られる側〟として常に誰かしら近くにいて気にかけられていたっていうし、この城で暮らしている以上、使用人たちがどこにいってもいるから慣れていないってことはないだろうけど。
エルヴェはニコニコしているだけだから無害に見えるけど、実はエルフの直感が何かを訴えかけているとか……!?
ありそう。めちゃくちゃありそう。
「……アリアノット姫、最近僕も絵を習っていてね。ちょっと見てもらえる?」
「え? いいですけど……」
私の返事にサルトス様はニコッと笑ってスケッチブックを取り出した。
最近、ピエタス様に習って絵を描いているらしい。
植物の成長過程を研究するのに絵でも残しておきたいんだって。
勤勉だよね!!
ぱらぱらとページをめくって一番新しいところに……ところに?
『内緒の話をしたいので、合わせてください。あの執事君には知られたくないので』
んんん?
花の絵も……あるけど、なんだって?
「どうかな? 最近、ピエタス君にも教えてもらって上達したと思うんだけど……」
「……ええ、とても上手だと思います」
「嬉しいな」
エルヴェは私の背後にいるので、サルトス様の嬉しそうな笑顔しか見えていない。
いったい、これはどういうこと……?
『どうして秘密に?』
『彼はちょっと奇妙だから。敵ではないと思うけど、念のため』
サルトス様、するどーい!!
確かに敵ではないし、普通でもないからね……。
『それと、ソレイユが彼のこと好きじゃないって言ってたのも気になって』
ソレイユうううううううう!!
そうだった、サルトス様はソレイユと意思疎通できるんだった!
(余計なことを言ってないといいけど……)
まだ幼竜だからいろいろ難しいことや人間の序列とか決まりごとについて理解できない……というか多分ソレイユが理解するつもりのないことから、私たちの会話を聞いても特別に思うことはない、と思う。
とはいえこれからはある程度発言には気をつけなくちゃいけないな……ソレイユ経由で私が候補者たちのどんな話をデリアとしていた、なんてバレたら恥ずかしいもの。
(まあ今のところ聞かれて困る話はしてないけど!!)
かっこよかったとか素敵だったとか言っていたのを聞かれるのはやっぱ照れるじゃない。
本人たちにはなるべく伝えているつもりではあるけど、それでもほら……ねえ?
『姫は大丈夫ですか』
『彼は味方です。ちょっと独特なだけ』
そう、ちょっと独特なだけ。
契約がある内は信頼できる相手ってだけ。
ただ、時々エルヴェと会話していると私は自分がどれだけ甘い考えを持っているのか、危険を知らない人間なんだって思い知らされるっていうか……。
いやまあ確かに父様に守られまくっている箱入り娘には違いないんだけどね。
(その上いるだけでいいらしい聖女とか、もう訳わかんないもん……)
私の平凡な脳みそは考えすぎてジャムになるまで溶けちゃいそうだよ。
ため息が出そうになるのを何とか堪えて笑顔を見せれば、サルトス様は少しだけムッとした表情を見せてまたペンを走らせた。
『いつでも頼って』
「……!」
これまであれこれ起きて、彼らにも頼って、伯父さんとも話せて……多分大きな変化なんて何もなくて、不安なこともあるけど護衛だってこうやってつけてもらっている。
それでもどこか、私が困っているように見えたのかもしれない。
実際、よくわからないことが続いて困惑している。
あまり表に出すのは皇族として失格だと思って頑張っていたけど、バレてた……!!
でもなんとなく、エルヴェの存在が私たちに影を落としたように思う。
それによって私たちは考えるようになった、とも思う。
(……もしかして、父様はこれを狙って……?)
いや、まさかね……?
ははっ。




