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「ええ、ええ、我が妹は天真爛漫で優しい娘に成長したことでしょう。兄としてはその成長を間近で見守ることができぬことが心残り……しかし、妹の身と将来を守ることに繋がると思えばと出家し、修行にも耐えたのです」
「はあ」
いるだけで幸せを呼び込む一族。
しかもそれが自分の身すら守れない凡庸な人が神様に選ばれるっていう謎オプション。
えっ、つまりうちの母親の家系って、座敷童の一族ってこと……?
ここにきて明かされる驚愕の事実、まさかの前世の良い妖怪を思い出すことになるとは誰が思っただろうか!
しかも伯父がシスコンだという知りたくもなかった事実つき!!
「それがよりにもよって! この国の最高権力者であるあの男に手折られるなど……! いえ、妹の愛らしさを考えればその危険性は十分にありました。皇帝、皇族……その重圧に思い悩むあの男にとって妹は救いの天使がごとき存在に見えたことでしょう。手を伸ばさずにはいられない……その気持ちはよく、よくわかるのですが……っ!」
「お、落ち着いて伯父様」
グスグスと泣き始めてしまった伯父様に、私は途方に暮れるしかない。
いやもうなんだこれ。
「あの、私が知る限り両親は互いに想い合っていたようですし……」
「それは当然です。手を出すなら単なる気の迷いなど許せるはずもありませんからな!!」
くわっと鬼の形相でそう言う伯父様に、いやまあそれはその通りなんだけども……と心の中で同意しつつハンカチを差し出す。
私からのハンカチを、伯父様はまるで宝物をいただいたように押し頂いてから目に当てた。
いやうん、ただのハンカチだからね?
涙を拭って欲しいだけでね?
「……妹亡き後、皇女殿下の御身を案じておりましたがその当時はまだ我が身は修行中。創造神様の神殿ではある一定の身分を得るまでは外に出ることが許されず、このように遅参となりました」
「そうだったんですね……」
ほかに言いようがないっていうか。
ただまあ、私のことを遠くから案じてくれてはいたんだと思うと胸の奥が温かくなった。
「皇女殿下は、まこと妹によく似ております。そしてまごうことなく、神の寵児でございましょう。御身がそこにあるというだけで人々が幸せに笑っているのですから、間違いございません」
「ええ……それはどうでしょう」
みんなそれぞれに努力して、自力で幸せになっているだけだと思うんだけどなあ。
確かに兄様たちは『妹が生まれて嬉しい』って言ってたし、父様も待望の娘って周りに思われていたくらいだから実際娘が欲しかったんだろうなと思うけど。
でもそれって、別に兄様たちだってもし私が男の子でも普通に喜んで可愛がってくれたと思うんだよね。
今までの関係を考えると、そうだと自信を持って言える。
(そもそも神の寵児ってのはなんなんだ?)
なんも持っていない人間を寵愛するってのはなんとなくイメージとして理解した。
でもその人を中心に幸せになるってものすごく漠然とした話じゃなかろうか。
「寵児による恩恵っていうのは、たとえばどのようなことがあるんですか?」
「……そうですな。知る限りですと、寵児がいる時代は天変地異が起きないとか」
「えっ、天変地異なんて人間の人生何回分かの一回ですよね」
「豊作になるとか」
「毎年?」
「……神託がおりやすいですとか」
「それもう寵児関係ないですよね」
こう、わかりやすい奇跡とかはないんか!
本当にじわじわとただ周りが穏やかで幸せになるっていうやつなのか!!
だとしたらそれが本当に『寵児』のおかげかどうかって誰が証明したんだって話。
とても……とても! 迷惑なんですけど!?