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沈黙が、続いた。
時間にしたらきっと大したことはないんだと思う。
だけど私には長いもののように思えたし、何故だか叱られる前のような気持ちになった。
聞いてはいけなかっただろうか?
我が儘に思われただろうか?
(『それがどうした』ってなんで堂々とできないんだろう)
私は私だって、心からそう思っているのに!
怖くてたまらないこの気持ちが、ずっと拭い去れない前世の記憶が、とてつもなく悔しい。
祈るような気持ちでただ待つ私の耳に、深い深いため息が聞こえてきた。
「……わかりました。皇女殿下の願いとあらば、かつて帝国民であっただけでなく……伯父と姪の関係としても、叶えないわけにはいかないでしょうから」
「……! ありがとうございます!!」
その言葉にパッと笑顔が出てしまったけれど、それとまるで反対の表情をしている伯父様は少しだけ困ったように笑った。
「……皇女殿下は、本当に母君に似ておられる」
「そう、ですか?」
「ええ。妹は……アイナ=メロウは元々はとても快活で野山を駆けまわることを楽しむようなお転婆な娘でしたから。それも含め、ツィットリア家に関することをお話ししなければならないことが残念です」
「えっ……」
私が聞いた〝お母さん〟はとても物静かでおどおどしていて、いつだって部屋に閉じこもっているような内向的な人だったんだけども。
えっ、別人……?
「ツィットリア家は凡庸であることこそが誉れ――それが父祖より代々伝えられることです」
私はその言葉に目を丸くする。
それってつまりどういうことだろう?
凡庸こそ誉れって、そのままで考えるなら普通が一番ってことかな……?
確かにそれはそうだろうなって私も思う。
何せ自分がそれを切望しているからね!
でもツィットリア家は善良な人々であって、それ以上でもそれ以下でもない……みたいな話を聞いていたからまた別の話が出てきて混乱する。
そこに凡庸さが誉れってなんだろう、善良で普通の人ってだけでいいじゃないってことなのかな。
才能ある人たちに嫉妬したり、無理に背伸びしてもいいことないよ、みたいな?
そんな私をよそに、マルティレス司祭様……伯父様は、言葉を続けた。
「我が家はとても……そう、とても古い一族で、歴史だけで言えばこの帝国の皇室を越えるどころかその前の国、更にその前の国にも存在しておりました」
「……!?」
「皆様は、聖女とはどこから現れたのかとお考えになったことは?」
滔々と語るそのお姿は司祭様の礼拝のようだ。いや、司祭だから合っているんだけども。
でもここにいるのは私たちを諭すというよりは、ただ事実を聞かせる教師のようでもあり……そのことに困惑が拭えない。
思わず、膝の上で拳を握った。
「簡単に申し上げると、神聖力を持った者も聖女、あるいは聖者で間違いはございません。それは神の代理人として地上に送られた高潔なる魂と言われ、多くの民草を導き、また守る存在です。ですが、その方々が〝神の代理人〟であると同時に〝神の寵児〟もまた存在し、それもまた聖女、あるいは聖者と呼ばれるのでございます」
「かみの、ちょうじ」
その言葉に才能豊かな人を脳裏に浮かべる。
前世でもよく〝時代の寵児〟とか言ってたもんね!
(例えば、初代皇帝陛下みたいな?)
意味合い的にはきっと特別な人ってことなんだろうけど……それと今の話が結びつかなくて、私は首を傾げた。
みんなもそうだ。
「おそらく、皇女殿下は今その〝寵児〟についてこう考えておいでのことでしょう。特別な才能を持つ存在と」
「は、はい」
「おかしなことではございません。それが普通でしょう。ただ、それはあくまで我々人間の観点からのことです」
「人間の、観点」
なんだか話が壮大になってきて、私は頭がくらくらしてくる。
私はただ、なんで順調にいっている婚約者候補たちの仲を邪魔しようとか、聖女として連れて行こうとするのかって話を聞きたくて、でもそれが『人間のどうたら』とかそんなことに繋がってんの?
ツィットリア家が実はものすごーく歴史ある家だってのはわかったけども!
「さよう。神の寵愛を受けるその存在は、特別ではないのです。かつてこの世界に多数いたとされる、ただの人。それこそが神の寵児なのです」
「ああ、なるほどそれでアリアノット様」
「こ、ここに話がつ、繋がるんですね!」
伯父様の言葉にサルトス様とピエタス様が晴れやかな笑顔で納得した。
おいちょっと待て。
つまり!
特にかよわいから可愛いって神様に愛でられる存在ってことですか!?
なんだろう、壮大な話なのにめちゃくちゃ悲しくなってきた。
フォルティス様とユベールが気遣わしげな視線を向けてきたこともあれだけど、何よりソレイユが私を慰めようとケーキの苺をそっと譲ってくれたのが地味に一番ダメージだよ……!
いいよ、お食べよ!!