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「……陛下が、皇女殿下にツィットリア家のことをお話に?」
「母とマルティレス司祭様の関係と、マルティレス司祭様がまだこの国の民であった際のお名前を教えていただきました。それと、ツィットリア家はかつて聖女を輩出した家柄であると共に代々穏やかな人柄であったと……」
「……ふむ」
マルティレス司祭様は私の言葉に少し考える様子を見せた。
眉間の皺が更に増す。
本当にコインを差したい。あれ絶対挟まるって。
うちの国で発行している中で一番厚みのある記念硬貨だって挟まるよ、きっと……!
「ではわたくしめが血縁であることも含め、妹に何もしてやれなかった哀れな伯父と共に神殿へ行ってくださると?」
「いいえ、それはできかねます」
「でしょうな」
私の返事なんてわかってた、みたいな対応だ。
でもじっと見てくるその視線には、兄様たちみたいに心配する気持ちが見えるから悪い気はしなかった。
「……婚姻だけが人の幸せではございますまい。地位も、財産も、名誉も……なければ困るものですが、ありすぎても人は身を滅ぼすのです。皇女殿下が欲を持たざるとも、殿下の身の回りに欲に塗れた者がいれば巻き添えになることだってあり得る」
「それは神殿に行っても同じですよね?」
「ヴァノ聖国内に入り、奥神殿まで行けばそのようなことは決して」
まるで、何かから遠ざけようとしているみたいだ。
みたいではなくてそうなんだろうけれども。
「伯父様、どうしてそんなにも私を連れて行きたいんですか? 聖女を必要としているんじゃないんですよね?」
「……」
「私は納得できないまま、ただ断り続けるのは違うと思ったんです。まるで私が危険にさらされているかのように急かすのは、どうしてなんですか? 聖女を輩出した家柄というのが問題なんですか? でも私は皇女だから、守られていて――」
ついつい矢継ぎ早に言葉を重ねる。
だって、不安なのだ。
私にとって伯父がいた。血縁が、親兄弟以外にいた。
私を守ろうとしている?
母の代わりに何かをしようとしている?
父様が言っていた『ツィットリア家』が聖女の家系だから、聖女として祭り上げて復興を希望している?
思惑がわからない。
私は〝特別〟なんかじゃないから、聖女として求められているなんてことになっていたらいやだとか……期待されているとか、そしたらがっかりされないかなとか。
(やっちゃった)
バクバクする。
兄様たちも、父様も。
私は私でいいって言ってくれているけれど。
それ以外の大人は、どうだろうって。
ずっとずっと、怯えている自分が、嫌になる。
(私は……ヴィルジニア=アリアノットなのに)
突然、親戚だって言われて動揺していたんだと思う。
ここに来るまで『みんなが一緒だし大丈夫』って思ってたし、そう信じていたけど。
意外にも、私は……前世の記憶があるせいか、大人から落胆されることが、怖いんだって改めて気付いてしまった。
「……申し訳、ありません……」
みんなにもどう思われただろう。
あんなに落ち着いて喋ろうねって約束したのに。
ゆっくり、まずは話を聞こうって。
それなのに気がついたら私は問い詰めるみたいに一人で慌ててしまって、ああ、情けない。
「皇女殿下?」
「淑女らしくなく取り乱した姿をお見せしました」
怖くて、落とした視線を上げられなかった。
ポジティブさが自慢だと思うし、自分は打たれ弱い人間ではないと思っているけれど……失敗したら落ち込むくらいはする。
そして何より、自分が意外と繊細で……前世なんか吹っ飛ばすくらい幸せになってやるんだって意気込んでいた割に周りの人間の目を気にしていた事実が、ショックだ。
(……私、こんなに後ろ向きだっけ)
いや、いつだったろう?
こんなことが前にもあった気がする。
でもそれは前世で。
今の私は、ヴィルジニア=アリアノットで。
「きゅ」
「……ソレイユ」
私の手に柔らかな羽毛が触れて、ハッとする。
息が苦しいと気がついた。
心配そうに私を見上げるソレイユを見て、そっと息を吐き出す。
(……なにやってんだろ、私)
私は、私。
ヴィルジニア=アリアノットなのに。
「どうか……お話を聞かせていただけませんか。本当の、心の内を。全てとは申しませんから、どうか」
私に、知るチャンスを。
真面目な雰囲気ですがあと1~2話こんな感じです




