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となりの世界の放浪者たち  作者: 空閑 睡人
第七章:炊金饌玉
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その時、背後から聞こえたどさりという音に沙耶たちが振り返った。


「準備してる最中も思ったけど、ほんとにこれだけの荷物で大丈夫? リュック一つ分だけって」


そこには頭をかきながら、鞄を地面に置く勝成がいた。

これもホームセンターにあったものだろう、有名なアウトドアメーカーのロゴが入った登山用のものだ。登山用の、その中でも容量が大きい物の中から選んだので、鞄一つといっても意外と物は入るし、小柄な沙耶と比較すると更に大きく見える。

だが圭吾が旅をするときの荷量に比べれば半分以下。中に入っているのは本当に必要最低限のものだけなのだ。


沙耶が苦笑する。


「持ってきてくれてありがとー。……うーん、そうも思ったんだけど、私はルシファーに運んでもらう身だし、ルシファーもあんまり大きい荷物があると飛びにくいだろうし」

「あのスーパー念動力で運びゃいいじゃん」

「移動中ずっとだぞ。んなかったるいことしてられっか」


勝成の軽い言葉に、ルシファーの返答はにべもない。


「空飛んでるって利点を生かしてなるべく野宿は避けて、拠点を探すようにするよ。そこで泊めてもらうことを想定すれば荷物も減らせるし、それにこれから本格的に寒くなってくるだろうから野宿自体が難しくなってくるだろうしね。あと必要になったものがあればその拠点でウケから交換もできるし」

「くっそーこの小金持ちめ。俺なんて稼ぎは食堂の給料しかないってのに」


結局あの食堂は、千幸をオーナーとして、圭吾と勝成が雇われる、という形に落ち着いたらしい。今ではこの拠点中の人々がこの食堂で食事をする為、ひとまず拠点の共通資金から三人に報酬という形で魔結晶が渡されることになっている。いずれはメニューを増やし、そのメニューごとに異なる値段設定をして唯物界のレストランのように魔結晶を料金としていただく、というような形にしたいらしい。


それは貨幣経済の黎明を思い起こさせた。またこれはウケを介さない、人間だけで完結する経済の始まりでもある。

沙耶たちがこの拠点に寄ることでなし得たことは、単なる美味しい食事だけには留まらず、それによる余波も大きかったのだ。


口を尖らせる勝成の横を、圭吾が駆け抜けて沙耶の両肩を掴んだ。


「本当に、本当だろうね? ああー、心配だー! いい、ちゃんとご飯食べるんだよ。鞄の中に数日分の保存食は入れたけど、なるべくそれ以外も……いや、とりあえず何かしら食べてくれればいいから! それと無茶はしちゃ絶対駄目だからね!」

「大丈夫だってー……たぶん。圭ちゃん、私のお母さんみたいだよ」

「はっ、これが母性!?」

「父性だろ」


間髪入れずにほくそ笑んで茶々を入れるルシファーを圭吾が小突く。その様子を小さく笑って見ていた沙耶の横に、千幸が並んだ。千幸は沙耶の顔を見ることなく、ルシファーたちの様子を眺めながら声を掛けてきた。


「どうした、やけに大人しいじゃないか」

「え、普段の私ってそんなに騒がしい? ……まあ、今はそうかも」


風が沙耶の髪を吹き抜けていく。拠点の人々は集まって地に伏す魔物を眺めている。見るとその中には沙耶が話を語り聞かせた子供たちも何人かいた。見送りに来てくれたのだろう。そして千幸たちもこうして作業の手を止めて沙耶の出立を見守りに来てくれている。


「なんだろ、ドキドキしてるし、そわそわもする……でも嫌な感じじゃなくて」

「なんだ、実は密かに興奮してるのか」

「あー、遠足前の子供みたいな?」

「おいおい。こんな物騒な世界をあてもなく放浪しようってのに遠足か。豪気な子供だな」


大きく笑った後、千幸はふっと微笑んだ。


「まあ、お前にとっちゃそうなんだろ。……ここに来るまで色々あったそうだが、遠足だと思って目一杯楽しんでこい。ああ、だがちゃんと無事に行って帰ってこそ遠足だというからな。こんな世界だ、怪我するなとは言わんが……死ぬなよ」

「……うん!」


沙耶は力強く返事をすると、荷物を持ち上げ、ルシファーの元へ駆け寄った。


「行こう、ルシファー!」

「やっとか。さっさとしろ」


手を伸ばす沙耶から鞄を取り上げ、沙耶を抱き上げる。鞄を左肩に担ぎ、その状態のまま翼を広げた。ユキがその鞄の中へと潜り込む。


人々から別れの言葉が飛び交う。それは送別の声でもあり、感謝の声でもあり、道行きを言祝ぐ声でもあった。それらの声は歓声となって沙耶の背を押す。


ルシファーが大きく翼を羽ばたかせ、一気に中空に飛び上がる。


「まったなー! 今度は俺特製のラーメン食わしてやっから楽しみにしといてな!」

「くれぐれも無茶はしないでよ! また会おうね、沙耶ちゃん!」

「次会う時には、お前の食べたいものを何でも作れるようになっててやる。ちゃんとまた会いに来い」


口々に送別の言葉を空へ向ける圭吾たち。沙耶はルシファーの腕の中から大きく何度も手を振る。


旅立ちは嬉しい。何が待っているのかと思うとわくわくするし、新たな光景を見て回るのは本当に楽しい。


だがそれでも。


それでも惜別の思いは胸を苛む。短くない時を共に過ごした。「また会おう」とは言ってもメールも電話もないこんな世界では本当に再び再会できる保証は何一つない。


だがそれでも。


それでもこの後ろ髪引かれる思いを振り切って旅立つのだ。


「また会おうねーっ!」


願いのような、祈りのような言葉を叫ぶ。風が背を押す。空を見上げて手を振る圭吾たちの姿が小さくなって見えなくなるまで、沙耶はその姿を目に焼き付けるように見つめ続けていた。


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