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となりの世界の放浪者たち  作者: 空閑 睡人
第二章:被災者たち
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8

沙耶が悲鳴を上げることすらできなくなった頃、ルシファーは地面に降り立った。茫然自失となっていた沙耶はルシファーが何度か声をかけるまで降りたことに気付いていなかった。


「おい、おい、こら! おら、ついたぞ」

「うぇ? え、何……え! 何あれ!」


驚愕する沙耶の視界に映ったのは、大きなショッピングセンターだった。今沙耶たちがいるのは建物から離れた丘の上だ。そこからそびえ立つショッピングセンターの全容が見て取れた。ところどころ崩れ落ちてはいるが、それだとわかる形を残している。


「ていうかあれ、確か街にあるやつじゃん! ええ、もしかしてあれ、建物ごと召喚されてるの?」

「ま、そういうことだな。つーか驚くことか? お前も電車ごと召喚されてんだろ」

「いや、まあそうなんだけど」


見ればあれは市内でも有数のショッピングセンターのひとつだ。五階建ての大きな建物の中に複数の店が入っており、その中には映画館も入っていた。大学はこの建物がある市より二駅程離れた場所にあるので、電車通いの沙耶がこのショッピングセンターに寄ることは滅多になかったが、それでもたまに友人に誘われて行った時は随分とワクワクしたものだ。


だが今はただただ異様だ。草原の真っ只中にぽつんと浮かび上がるように建つそれは、あまりにも場違いだ。見れば東側が大きく崩れている。東側の地面は「こちらでは」少し地面が隆起していたのだろう。本来は執念深いまでに端正に平地にされた場所に建っていたショッピングセンターは、高さの違う地面になど対応していない。

沙耶が乗っていた電車と同じだ。建造物ごと召喚されるが、その召喚場所は全く考慮されることはない。


「でもあの大きさの建物ごとって……。凄いんだが、大雑把なんだか。これ元の世界どうなって――」


そう言いかけた沙耶は言葉をつぐんだ。それは今まで考えないようにしていたことだ。ルシファーに運ばれて目を覚ましてから合間を縫ってちらりと携帯電話を確認していた沙耶だったが、それは真っ黒な画面のまま、ぴくりとも動くことはなかった。

それを見た時、背筋が凍るのを感じた。「切り離された」そう強く感じた。否応なくどこかしらと繋がらざるをえない現代において、それはかなりの恐怖だった。それ以降、元の世界について考えるのをやめていた。いや、考えそうになるのを必死に無視し続けていたのだ。


考えれば動けなくなる。

予感があった。今止まっている暇はない。もう少し、もう少し落ち着いたら考えればいい。

沙耶はもう一度その考えを振り払った。


「確かにショッピングセンターに行けば何か食料があるかも! よっし、じゃあルシファーあそこまで運んで!」

「は、嫌だが」

「……はい?」


当然の如くそう返したルシファーに、沙耶は虚を突かれたように固まる。


「あそこからうじゃうじゃとした人間の気配を感じる。俺が、んな人間だらけの場所にわざわざ行くか。おら、ここからあそこまでは魔物はいねえみてえだから一人で行って来い。ここで待っててやる。あんま待たせんなよ」

「え、ええー!!」


その後色々と反論や文句を言ってみたがそれでもルシファーは動かず、沙耶はとうとう諦めて一人ショッピングセンターに足を運んだのだった。


“お、お腹すいた……。遠い、空腹時のこの距離地獄だ。くっそう、せめてもうちょっと近くに降ろしてくれよ”


心の中で恨み節を繰り返しながら何とか近付くと、入口が見える辺りで人の話し声が聞こえだした。


“おお、本当に人がいる! 何だろ、まともに人を見るの、すごく久しぶりに感じる”


期待に少し早足になりながら、歩き進める沙耶。

入口には二人男が立っていて、近付く沙耶に気が付いたようだ。一人は三十半ばくらいだろうか、痩せぎすな長身の男性で、もう一人は四十後半くらいといったところだが、体格はがっしりとしている。二人とも飾り気のない作業着を着ている。同じ職場だったのだろうか。最初に声をかけてきたのはそのがっしりとしたほうの男だった。


「ん、おお! また人が来たな。よくここまで来られたな、大変だったろう」

「大丈夫ですか。顔色が悪いですが、怪我してませんか」


そう言いながら駆け寄ってきた男たち。沙耶は衝撃に思わず立ち止まった。かなり驚いた顔をしていたのだろう。険しい形相で固まってしまった沙耶を見て、よほど体調が悪いのかと男たちは更に気遣う。

それは今の沙耶にはあまりにも驚異で、あまりにも優しすぎた。


「あ、あのっ……わた、し」


声が震えていた。何でもないとさらりと返そうと思っていたのに、その心情に反して涙が溢れそうになってしまった。時には優しい言葉のほうが厳しい言葉よりも涙腺を刺激する。


「ああ、ああ。大丈夫だ、もう大丈夫だからな。よく頑張った」

“ううー! 何知らない人の前で泣きそうになってんのよ、私! でも、でも……!”

「か……開口一番に人を貶してこないなんて、それどころか心配までしてくれるなんて……!」

「え、どうした、本当に大丈夫か? け、貶す?」


不思議そうに顔を見合わせる男たち。相当参っているのかと沙耶を気遣う。そんな態度に緩みそうになる涙腺を締め、沙耶はぐっと向き直った。


「あ、いえ……。あの! 会っていきなりなのですが、ご飯ください!!」


決死の表情で叫んだ沙耶。その表情からは必死さが滲み出ている。顔を見合わせたままの男たちが思わず吹き出した。


「あっはっはっは! そうか、腹減ってんのか。もしかしてずっと何も食ってないのか?」

「そうみたいなんです! もう倒れそうです!」

「おお、そりゃあしんどいなあ。藤田、ちょっと中に連れてってやれ。ここは俺一人でも大丈夫だろう」

「わかりました。では、ついてきてください」


 そう言うと藤田と呼ばれた痩せぎすな男が建物の中へ歩き出した。沙耶は残った男に軽く会釈をして一緒に建物内へ入っていく。


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