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となりの世界の放浪者たち  作者: 空閑 睡人
第七章:炊金饌玉
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昨夜の賑わいが嘘のように静穏な朝だった。夜の余韻を残す空はまだ薄暗い。明け方近くまで騒いていた人々は未だ眠りの中にあり、一部の僅かな人々だけが日常を回すために動き始めていた。


沙耶はというと、昨夜早々に眠りについていたにも関わらず、昼前過ぎまで眠ってしまっていた。昨夜寝る前やたらと眠かったからなのかもしれないが、それだけ眠かったのはもしかすると酒のせいだったのかもしれない。あまり飲んでないはずだが、それでもこれだけ影響があるのか、と小さく戦慄することになった。

ただそれは他の者も例外ではなく、昨夜は大勢が酒を飲んだためか皆遅くまで寝ていた。


恐らく最後まで起きていたであろう千幸は、この日の朝には動き出した数少ない者の一人だった。だが彼の顔には苦痛などなかった。心地いいとさえ感じる身体の疲労と共に、朝日の中背を伸ばした。


昨夜以降、千幸たちは食堂に住み込むようになった。茂からは引き続きホームセンター内の一室を使うように言われていたのだが、千幸は寝る間を惜しんで朝早くから夜遅くまで厨房に立ち続けて全く戻る気配を見せず、勝成も厨房にいることが増えた。ラーメンの命とも言えるスープ作りを本格的に始めるらしい。圭吾も魔物を獲っては解体し、植物を採取しては味見をするのを繰り返していたので、結局食堂に居着いてしまった。


皆が食堂に行ってしまったので沙耶もそこで寝起きをするようになったのだが、日中は拠点の周囲を飛び回り、あちこちを見て回っては魔物と戦い、見かけたことのない魔物を見つけてはそれを狩り、野草や木の実などを採集して持ち帰る。

日が沈んでからは拠点に戻り、子供たちにせがまれるまま、話をしていた。この拠点にはまだ小学生の子供たちも十人程おり、最初はユキと遊びたがって近付いてきたのだが、次第に沙耶の話を聞くために集まりだしたのだ。

もれなく子供たちも隷獣は持っているのだが、出現させ続ける為の魔素量も少なく、何より危険である為拠点の外には出すことは出来ない。そんな子供たちにとって、この幻視界を旅してきた沙耶の話は、まるで物語の冒険譚であった。


そんな子供たちの期待に応えるため、新たな話の種を探すため、この日も沙耶は拠点から離れ、飛び回っていた。付近は殆ど見てしまったこともあり、少し離れた海の上空に向かう。

唯物界だった頃ならばここは太平洋上空にあたる。


「なんか島とかないかなーって思って来てみたけど、やっぱりなんにもないねえ」

「この辺り、唯物界でも島なんかなかったんだろ。じゃあ、あるわきゃねえだろ」

「そうはいっても、そろそろネタがさあ……」


唸りながら頭を抱える沙耶。沙耶が背負った鞄から顔を出したユキがのんびりとあくびをした。


その後いくら海面を眺めても結局島一つ見つからず、諦めて沙耶たちは浜辺に降り立った。だいぶ時間が経っていたようで、海の端の空が赤らみ始めていた。


浜辺は絶え間なく波が寄せては返し、波音を無人の浜に響かせている。空は澄み切っていて雲一つない。冷たい海風は冬の兆しを感じさせた。


沙耶はマントを前まで閉めているのに、ユキは寒さなど気にすることなく、水打ち際で波と戯れている。沙耶とルシファーは時折現れる蟹や魚の魔物を倒しながら歩いていた。今も魚の魔物が沙耶のオールに叩きつけられて浜に落ちて消えたところだった。


「ねえ、前々から思ってたんだけど、何で魚型の魔物ってわざわざ海から飛び出して宙に浮いてまで襲ってくんの? あの物理を超越する熱意は何?」


浜に落ちた魔結晶を拾って、砂を払い落としながら、沙耶がげんなりした表情でルシファーに問いかけた。


「あいつらの物理では整合性が取れてるんだろ」

「え、物理ごと違う感じ? というかそこまでして襲ってこんでも……」

「それがあいつらの性質であり、生まれる理由だからな」

「……? どういう――」

「ワン!」


沙耶の言葉をユキの鳴き声が遮った。

驚き、警戒するように何度も吠えるユキに只事ではないと沙耶も身構え、そして息を呑んだ。


突如薄暗くなったのだ。正しくは沙耶たちのいる付近を含む一帯だけだ。それもその暗くなる範囲が動き続けている。


「これは、影……え!?」


空を仰いだ沙耶が絶句して固まった。

たしかに突然暗くなった原因は、影が沙耶たちの頭上を覆ったからだった。だがその影を生んでいる主体が問題だった。


それは雲ではなかった。雲のように空を漂ってはいるが、決して「水蒸気や塵がまとまったもの」などではなかった。


「い、岩……!? というかあれってもしかして……」

「島、だな」

「ええー! やっぱり!?」


瞠目する沙耶の頭上に浮かんでいたのは、島だった。見上げた状態では、殆ど島の下部しか見えないので一瞬巨大な岩のように見えるが、僅かに見えた島の端から草木が見えたのだ。その宙に浮かぶ島は遥か頭上に、とはいっても雲よりは低い位置を、少しずつ風に流されるかのように移動している。


「え、ここ島が飛んじゃうの!? ファンタジーじゃん!」


一人興奮して叫ぶ沙耶の額をルシファーの指が軽く弾いた。


「ファンタジーじゃねえ。お前らだって鉄の塊で星の反対側まで飛んでくじゃねえか。なら土の塊くらい浮くだろうが」

「いや、あれには色々と、その、私の頭なんかではわからないような、ちゃんとした理論があって飛んでいるんであって……」

「なら同じだろ。お前じゃ理解出来ん理論であれも浮いてんだよ」


淡々と返すルシファーに、沙耶が「うぐぐ」と押し黙る。


「なんかすっごい平然と言い切るけど、何、あれって珍しいことでもないの? ルシファーのいた魔界とやらでは島は浮くもんだと?」

「そうだ。海に浮くものもあれば空に浮くものもある。原理も解明されているぞ。一言で言えば魔結晶に依るものだが、もっとちゃんと知りたきゃ学者にでもなれ」

「いや、そこまでじゃ……」


気まずそうに視線を逸らす沙耶。だがちらりとルシファーを見遣った。


“学者いるんだ、魔界……。島も空飛ぶ魔界ってどんなとこよ”


その盗み見るような視線がルシファーの目と合った。沙耶はびくりとするが、ルシファーは意に介することなく顎をしゃくり上げ、島を指した。


「で、ああだこうだと言ってはいるが、結局どうすんだ? 回遊性のようだから流れてくぞ」


ルシファーの言葉にはっとする沙耶。


「そりゃもちろん!」


沙耶が笑顔で伸ばしてきた腕を、ルシファーが肩を竦めて掴んだ。


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