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となりの世界の放浪者たち  作者: 空閑 睡人
第七章:炊金饌玉
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集まってきた人たちがばらばらと元の配置に戻ろうと動き出した時、森の奥から獣の叫び声が響いてきた。

地響きが迫ってくる。見るとこちらに勢いよく走ってくる巨大な猪の姿が見えた。


その大きさや速さはまるで大型のダンプカーが突っ込んでくるのを想起させた。猪は鉄条網のような硬質で赤銅色をした毛で覆われ、口から伸びる牙は人一人分程の大きさがありそうだ。真っ赤な瞳が炎のように揺れている。


あんなものに突っ込んでこられてはひとたまりもない。沙耶は口を引き結んで背筋を伸ばした。


「なあ、今魔物を使ってまともな味の料理をしてるんだろ」


そんな沙耶の空気など知ってか知らずか、そうのんびりと言い出した男の言葉に、傍にいた女も閃いたように顔を明るくさせた。


「そうじゃん! ねえ、あれ食べられるってなったら盛り上がるんじゃない!?」

「パーティーだ、パーティー!」


緊張感なく談笑を始めた人々。肩透かしを食らったように拍子抜けしてしまうが、とうとう沙耶もそれに釣られて笑ってしまった。


「……ふはっ! ですね。パーティーにしましょう。――ルシファー!」

「……やっと元の調子に戻ったな。はん、俺にかかればあんなもの路傍の石と同じなんだよ」


口を薄く開いて笑うルシファーの指先に強い光が集約する。それと同時に沙耶がオールを手放して魔物へ向かって走り出した。走りながら腰に下げていたベルトからナイフを抜き出す。ルシファーの指先の光は筋となって魔物の頭部へと飛び抜けていく。巨大な猪の魔物が白目を向き、走ってきた勢いを失いながら地面を滑るようにして崩れ落ちた。そしてちょうど沙耶の目の前で失速して止まる。


「ぬえいっ!」


倒れ込んだ魔物に、掛け声と共に沙耶が持っていたナイフを突き刺す。手の平程ある刃渡りのナイフがずぶずぶと刺さっていく。そしてその刃が全て刺さると、沙耶は一気に魔素を流し込んだ。

数秒その体勢のまま動かなかった沙耶だったが、魔物の体からぐりぐりとナイフを引っ張るようにして抜くと、大きく息をついた。

猪の魔物の肉体は消えることはなかった。背後から驚嘆と歓喜のどよめきが聞こえた。沙耶はナイフについた魔物の血を拭ってベルトに戻す。


「っよし! ……やっぱりナイフならちゃんと刺さるな」


そう呟いてナイフを矯めつ眇めつ眺める。このナイフは昨晩のうちに、ウケから交換していたものの一つだ。


「本当はもっとちゃんとしたものと交換したかったんだけどね。槍とか!」

「金が足らなかったんだからしょうがねえだろ。第一俺がいるから要らねえっつーのに」

「私が欲しいんですー」


歩み寄ってきたルシファーに沙耶が頬を膨らませて、そして魔物に視線を移した。


「倒せちゃったはいいんだけど……これどうやって持ってけばいいのかな」

「……俺に運べと?」

「いけるの? お願いします、先生!」


心底嫌そうな顔をしたルシファーに、沙耶が勢いよく頭を下げる。


「……言っとくが潰す壊すならまだしも、こんだけ重いものを運ぶってなるとかなり魔素を食うからな。せいぜいぶっ倒れんじゃねえぞ」

「うおお! ばっちこい!」


気合を入れる沙耶をげんなりした表情で見遣ると、ルシファーが手を伸ばした。するとトラック程の大きさのある魔物の巨体がふわりと宙に浮かんだ。

どよめきが大きくなる。

ルシファーはもう片方の腕で沙耶を小脇に抱えると、翼を広げて飛び上がった。魔物も見えない何かに持ち上げられたように、空を飛ぶルシファーより更に上空に浮かび上がる。そうして拠点内の多くの人々の度肝を抜かしながら、猪の魔物は拠点の上空を飛び抜け、食堂裏手の空き地に降臨した。


突如現れた巨大な猪に、周辺がざわつく。騒ぎを聞きつけて千幸たちも外に出てきた。反応は三者三様だ。


「はっはは! なるほど、こういうのもありなのか。凄いな、異世界! これはやりがいがある」

「へー、魔物ってこんなんもいるんだー。せっかく隷獣契約出来たけど、出来ちゃうとこんなのとも戦わないといけねえんだ。へー……」

「沙耶ちゃん、大丈夫なの!? ちょっと、無理させないでよ!」


笑う千幸と、愕然としている勝成を他所に、圭吾は魔物を見るなり沙耶の元へ駆け寄ってきては、ルシファーに詰め寄る。ルシファーが憮然とした顔でそっぽを向いた。


「うるせー」

「うるせえ!?」


二人のやり取りに苦笑いを浮かべる沙耶。


「圭ちゃん、大丈夫。それに……ちょっと楽しかったし」


照れ臭そうにはにかむ沙耶。圭吾は肩をすくめて、困ったように笑った。


「沙耶ちゃんが楽しかったなら、いいけど……。でもくれぐれも無理はしないでよね」


ぐいっと顔を近付けて人差し指を立てる圭吾。沙耶は何度も頷いた。


確かに魔物を降ろした段階で明らかな疲労感が襲ってきていた。だが沙耶は楽しく感じてしまっていたのだ。どんな魔物がいいのか探し選び、倒す。そして巨大な魔物も肉体を残すことに成功した。

様々な魔物を倒すことで収集欲が刺激され、成功する度に達成感で満たされる。小さい頃、友達とたくさん種類のあるキーホルダーを集めるのが楽しかったのを思い出した。


これは大学のあの時、戦わざるをえなかった状況と違う。己の意志で己が望んで戦う。それが楽しくて嬉しかった。


沙耶は渋るルシファーをせっつき、呆れる圭吾に手を振って再び魔物を狩りに飛んだ。

結局持って帰ってきた魔物の数は二十近くにまで及び、解体は途中から拠点の人々も加わって人海戦術で行われていった。持ち込まれた魔物の種類は、猪の魔物を筆頭に、鳥や馬、他にもワニ、魚、茸、蛇のようなものまで多種多様だった。どれも唯物界のそれとは異なる容姿をしていて大きさも大きかった。

だが圭吾や千幸が音頭を取り、試行錯誤しながらも解体は少しずつ進められていった。その間、流石に限界がきたのか、沙耶は食堂の片隅で千幸たちが料理し出したのを眺めていたのたが、うつらうつらとしている内にいつの間にか眠ってしまっていたのだった。


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