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となりの世界の放浪者たち  作者: 空閑 睡人
第七章:炊金饌玉
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そしてその後は逆に圭吾たちからもこの拠点についての質問も始まる。ここにいる人口、契約者比率、ウケの種類、そしてどんな建物があるのか。

また聞いていて驚かされたのが、ここにいる人々も隷属契約の方法について既に知っていた事と、そしてウケの種類の増え方についてだ。


茂はこの拠点での推察だと前置いて、ウケの種類は魔結晶の交換量に応じて増えるのではないか、と答えた。この拠点でも最初の頃はウケの種類も少なかったらしい。生きるのに必要最低限補える程度しか交換できなかったそうだ。だが、交換が活発化するに従って知らぬ間にウケの種類が少しずつ増えていったという。言われてみれば人が多く、様々なものを積極的に交換している拠点のほうが、そうでない拠点に比べてウケの数が多かったかもしれない。そうであるならばここの発展ぶりとウケの種類の多さにも頷ける。


それを踏まえて茂の他の話を聞く限り、やはりここは今まで見てきた中で一番発展している拠点で間違いなさそうだった。人口も多く、子供を含むその全ての人が既に契約者となっているという事も沙耶たちを驚かせた。その理由として、他では滅多に見ることはない隷獣契約のウケがいるが大きかった。青い石の指輪による自発的な契約は出来ていない者でも、ウケから交換した黄色い石の指輪により隷獣を呼び出せているということがあるようだ。確かに交換した指輪ならば、交換した本人以外でも装着することが可能で、それならば隷属契約の為に魔物と対峙させることが難しい子供にも隷獣を与えてやることが出来る。そうしてここでは驚異の全員が隷獣持ち、人によっては複数体の隷獣を持つという場所になっていた。


契約者が多い、ということは即ち稼ぎ出す魔結晶の量も増えるということだ。その大量の魔結晶と増えたウケの種類により、小屋程度の大きさとは言え、個人の家を持つ者もあれば、公共の建物として銭湯や洗濯屋、そして飲食店すら新たに建造することも出来たのだ。


とはいえ飲食店とは言っても予めウケから大量に食料品や酒を交換しておいてそれを皿や杯に盛り直し、注文を受けてそれを提供するだけだ。だが、その唯物界ではごく当たり前にあったその行為や空気感を得たいと多くの人が思い、それ故に経営は十分に成り立っていた。またそういった人の手が必要な店舗の運営に携わることによって、戦闘が苦手な者に仕事を与えることも出来ていた。そうしてここでは経済が成り立っていたのだ。


“パイプ椅子ってずっと座っているとお尻が痛くなるんだったな”


などと沙耶が思い始めた頃、ようやくお互いの情報交換が終わった。

昼過ぎに到着してから話が終わる頃には日はだいぶ沈み、ホームセンターから出ると燃えるような夕焼けが空を染め上げていた。赤くなった空を建物や木々の黒い影で切り抜いたようだ。真っ黒な建物の輪郭と空の色の対比が鮮やかだった。


「本日はお疲れでしょうから、具体的な詳細はまた明日」


そう言ってひとまずこの日は茂と別れることになった。詳細というのは調理場に関するものだろう。茂としては知り得た情報を拠点の有数の者に共有を図りたいということもあって、この日はそこを詰めることなく解散となった。


沙耶たちは差し当たってホームセンター内の空いている部屋を提供されていた。普段はここも打ち合わせ等で使用する部屋のようだった。ここにも唯物界の机や椅子などがあり、汚れの少ないのを見るに、これらも元商品だったのだろうと思われた。


その部屋に荷物を置いて、沙耶は外の空気を吸おうと建物から出てきたところだった。旅の最中はずっと野外にいるのが当たり前だったからか、外の澄んだ空気のほうが心地よい。冬の気配を感じさせるような、少し肌寒いような風だった。


千幸と圭吾は魔物の肉と調理器具を抱えて、どこか空き地を探して行ってしまった。夕食を作るため火を使うのに室内でというわけにもいかないので、外で調理をする必要がある。勝成もその二人について行った。隷属契約を成功させてからは、心配事が解消されたからか調理に関わることが増えた。元々魔物の調理に興味があってついて来たのだ。今では熱心に二人と共に色々と試行錯誤しているらしい。


その間、沙耶はルシファーとユキを連れて拠点内を散策していた。

拠点に住む人の数がいくら多いといっても、もうこの拠点内で共同生活を始めてから長い。皆顔見知り同士なのだろう。それ故に沙耶たちは誰からも余所者だと認識されていた。時折子供がユキを見かけて駆け寄ろうとしてきたが、すぐに親に手を引かれて去っていった。少しの居心地の悪さを感じつつも、今まで寄ってきた拠点で既に同じような経験を何度もしてきた沙耶は、ひとまず気にしないという体にして歩き回っていた。


個人の家々や店舗など、今までの拠点では見かけることのなかった建物や、随分と整備された通路や街頭など目新しいものが多い。建物の外観や新たに造られたものを見て回るだけでも十分に面白かった。


「召喚されてから今って何ヶ月目くらいだっけ? でもそれだけ経てばこういうとこも出来てくるもんなんだねえ。もはや街だ」

「本当に人間どもは図太い生き物だな」

「適応能力のなせる技だね!」


そんなとりとめのない話をしながら、やはり向けられる視線が気になった。忌避や猜疑といった視線ではない。彼らも沙耶たちに話しかけてみたいのだろう。

それでも近寄ってこないのは、拠点の頭である茂からのお達しが出ていないからという理由らしい。そう話しているのが聞こえたのだ。そういった端々からも自治が行き届いているのが感じられた。


薄暮から日が完全に落ちるまではあっという間だった。刻一刻と辺りは暗くなっていき、その頃になると等間隔に設置された街頭の光が付き始めた。光と光の間が開かないように、近い感覚で置かれている。どこかの拠点で聞いたのだが、あれも魔結晶を消費して光っているのだそうだ。

それがこれだけ設置されているのを見ても、魔結晶は随分と余裕があるようだった。やはり全員が契約者というのはそれだけで強みがあるのだろう。


「ただいまー」

「おかえり。ちょうどいい時に帰ってきたね」


千幸たちが調理を行っていた空き地に沙耶が戻ってくると、既に料理が出来ていた。この日は魚型の魔物を使った料理だった。

十分美味しいと感じられたが、千幸は不服そうであった。


「もっと道具や設備、調味料なんかがあればましなものが出来るんだが……」


そう悔しそうにほぞを噛んでいた。


そして千幸たちが料理をしている最中から食べている時も、拠点の人々が興味深そうにその光景を眺めていた。調理をする、という行為自体召喚されてから目にすることなどなかったのだろうが、ここでも話しかけてくるものはいなかった。だが美味しそうに食事をする沙耶たちを見た時などは、何人もの人が話しかけようと近付いてきては周囲の人々に止められていた。

沙耶が彼らの事情を話して、その光景を不思議に思っていた圭吾たちも納得はしたが、流石に居た堪れなくなり、食事後はそうそうに与えられた部屋に戻ってしまった。


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