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それから圭吾たちはひとまず食事の片付けを始め、その間沙耶にはルシファーがついてオールに魔素を流し込む練習を行っていた。とはいえ沙耶は既に指輪に力を流し込む動作はしていたこともあって、片付けが終わる頃には一応の形にはすることが出来ていた。
「よし、ならとっとと魔物を探せ」
「ええーそこはルシファーくんが探してくれるんじゃないの?」
居丈高に命じるルシファーに、圭吾が口を尖らせた。
「はん、この俺がこれほどまでに甲斐甲斐しく面倒見てやってんだから、いいからさっさと役に立て」
「はあー!? 君が見てんのは沙耶ちゃんの面倒だけじゃないか!」
そう言い捨てて圭吾はアイリスと共に、下草を蹴り飛ばすようにして木立の中へ進んでいった。
沙耶は集中を切らさないようにオールを構えたまま目を閉じている。圭吾が去ったのを確認すると、ルシファーが沙耶の肩に手を乗せ、耳元で囁く。
「そうだ、そのまま意識をオールに集中させろ。オールがお前の手の延長だと思えるくらいにだ」
体中をまるでぬるま湯が巡っているかのようだった。体にじんわりと流れる温かいそれを心臓から肩へ、腕へ、指先へ、そしてその手の先にあるオールへと流していく。オールの温度を感じることは出来ないが、オールから戻ってきた温度なら感じることが出来る。
これが魔素を物に巡らせる、という感覚なのだろう。
ルシファーがふと何かに気付いたように顔を上げた。
「あ……? ああ、飛び込みの客だ。とりあえずあいつで試してみろ」
そう言われて沙耶はぱっと目を開けた。見ると圭吾が去っていった方角からは少し外れた茂みから茸型の魔物がひょっこりと顔を出した。
「茸か。素焼きにしても調理しても美味いな」
「え、あれ食うの!? なんかすげー不気味な顔してるんだけど! そもそも毒とかは!?」
現れた魔物に、沙耶の近くにいた千幸たちがざわめき立つ。ルシファーが二人を睨みつけた。
「うるせえ! そういうのは上手くいってから騒げ! 沙耶の邪魔だ」
ルシファーの一喝に二人は静まり返る。茸の魔物は沙耶たちに気付き、頭を揺らしながら駆け寄ってくる。
この茸の魔物はこれまでに何度も沙耶自身の手で倒してきたことのある魔物だ。だがこれまでと違う点は、今まではただ殴りつけて倒せばよかったものを、倒した瞬間に持つ武器を刺すようにして相手の体に突っ込まなければならないことだ。
“動きは早くない。真っ直ぐ来る。……狙える!”
千幸たちの声は端から沙耶の耳には届いていなかった。ただ集中して魔物を見据え、オールを持つ手に力を込める。そして沙耶はオールを突き刺しやすいように角度を調整し、そして振り上げた。
「えっ」
「おおっ!」
沙耶の口から漏れ出た声は、勝成の歓声に掻き消された。千幸も顔をきらめかせている。
沙耶のオールが魔物の体を貫いたのだ。
“本当に貫けた。これただの木のオールなのに。刃物なんてついてないのに。鉄パイプで殴ってた時の感覚からして跳ね返される気がしたんだけど”
戸惑い目を瞬かせる沙耶。千幸たちが早足で駆け寄ってきたと思うと、その足が止まった。
「あ、ああーっ!」
背後から聞こえた絶叫に沙耶がびくりとして振り返った。そこには悲壮な顔をした千幸が膝から崩れ落ちていた。
瞬間、持っていたオールが急に軽くなった。慌てて視線を戻すと、沙耶も千幸が絶望の顔になっていた理由がわかった。
「あー、消えちゃった」
見るとオールの先には小さな魔結晶がひとつ落ちているだけだった。茸の魔物は跡形もなく消え去ってしまったようだ。
「流し込むのに失敗したな。だが魔素を巡らせること自体は上手くいっただろう」
「あ、もしかしてこんな木のオールが突き刺さったのってそういうこと?」
「ああ」
悲しみに暮れる千幸たちの様子とは無関係に、沙耶は黙々とルシファーに指摘された点を反芻し、自分の中へ落とし込んでいく。
“こいつ集中力はあるんだよな”
千幸たちの喧騒をものともしない沙耶の様子にルシファーは内心密かに感心していた。




