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「えっとつまり、魔物っていうのは魔結晶を核にした生き物だけど、その構成としては九十九パーセントの地素と一パーセントの魔素で出来ていて、魔物が死ぬとこの一パーセントの魔素が失われる。魔物の体を構成する殆どの地素はこの僅かな魔素で結合しているから、魔物が死ぬとその肉体も消失する、ってことかな」
「そうだね。この一パーセントの魔素っていうのは、元の世界で言うとこの魂みたいなものなんじゃないかな。前に僕、魂の重さは二十一グラムだっていう噂を聞いたことあるよ。唯物界じゃこれはガセネタってことになってるけど、魔物に関してはそのネタに近いことが起こってるのかもしれない」
「俺には地素だ魔素だと初めて聞くことばっかだけど、聞いた感じ一応筋は通ってるように思うよ」
沙耶が説明しながら地面に木の枝で図を書いていき、それを見ながら圭吾と勝成も頷く。
「で、そうなると魔物を倒した瞬間に失われる魔素分、代わりの魔素をその体内に注入すれば肉体は消失せずに残るということになる。私としては意識してなかったけど、あの鳥の魔物を刺し殺した瞬間に魔素を魔物に流し込んでいたってことになるみたい」
「あの後同じように何体も魔物を沙耶ちゃんが倒したけど、それらは魔素を流し込めていなかったってことか。この魔素を流し込む、という感覚がわかれば同じように魔物の肉体を残したまま倒せるようになるはず! ……なんだけど、どうかな?」
圭吾が沙耶を見遣る。沙耶はううんと唸りながら眉間に指を押し当てる。
「どう、なんだろう……? あの時何かいつもと違うことしてたっけなあ?」
「沙耶!」
「うおう!?」
突然千幸に両肩を掴まれた沙耶は頓狂な声を上げた。千幸は必死の形相で沙耶に迫る。
「そこを何とか頼む! どうか俺に料理をさせてくれ! 俺に再び生きる意味を取り戻してくれ!」
一心不乱に懇願する千幸に、沙耶がたじたじと気圧される。
沙耶とて魔物の肉を得られるようになるのは本望だが、これほどに命をかけてまでの熱量ではなかったのだ。千幸の料理への執念とも言える熱量に沙耶は思わず後ずさった。
「近寄るな、気狂い」
その時、ルシファーが千幸から剥がし取った。千幸もルシファーのその腕力に驚いたのか、はっと冷静さを取り戻した。沙耶が「おお」とルシファーの行動に感心して見上げていると、肩をすくめて沙耶にオールを渡した。食事中には不要と、脇に立てかけていたものだ。
「この狂人にいつまでもひっつかれてるのも迷惑だ。おら、持て。一度やったことがあるなら再現だって難しくはないだろ」
「う、うん」
教えてくれる、ということなのだろう。珍しく協力的なルシファーの気が変わらぬように、沙耶は素直にオールを受け取った。
「沙耶、お前はもう魔素の気配を感じ取れるようになっているはずだ。お前にもその実感があるだろう」
「え、そうなの? そんな「気配がする……!」みたいな格好いいこと出来るようになってたの?」
「出来ていただろう。俺がお前を見つけた時、お前は俺の魔素から俺の接近に勘づいていただろうが」
「ああ、あの時」
沙耶もルシファーに言われてその時のことを思い出した。あの補助番に駆り出され、一人魔物と戦っていた時のことだ。
確かにあの時沙耶はルシファーの接近に気付いていた。それはルシファーが現れる前から感じ始めていたあの独特の違和感の正体に確信を得た瞬間でもあった。
「あの違和感みたいなあれが……魔素の気配ってことなのか」
「それってどんな違和感だったの?」
圭吾が質問を投げかける。沙耶は考え込むように首を傾げながらその問いに答える。
「うーん、何て言うんだろう。ルシファーが近くにいなかった時には感じなかった感覚が、ルシファーが近付くにつれて強く感じるようになってったってことなんだろうけど。例えるなら誰かが室内の暖房を知らない間に一度上げてて、でもそれを知らない自分は「あれ、何か変わったような気が……?」って思うような感じ?」
しどろもどろになりながら答える沙耶に、圭吾は要領を得たような得ないような微妙な顔をした。
「暖房云々は知らんが、確かに温度が上がるという感覚は近いかもしれんな。魔素を体に巡らせることで体温を上げることも出来る」
「……ああ、その感覚ならわかるよ!」
沙耶が顔をぱあっと明るくさせた。
「私何度も魔素を枯渇しては回復してっていうのを繰り返してたでしょう。だから今自分に魔素があるかないかはわかるようにはなってたんだけど、ルシファーがいない時、呼び出そうとして何度もその体に感じるものを指輪に込めてたんだよ。確かに体が暖かくなった気がしてたんだよね」
「わりと早くからわかってたんじゃねえか。まあいい。そうやって魔素は体に巡らせることで身体を強化することも出来る。それはおいおい覚えてもらうとして」
「えっ!?」
「今はそれを如何にして体外へ出すかってことだな」
「ええっ!?」
突如課せられた課題に沙耶が驚愕の声を上げるが、ルシファーは意に介することなく話を続ける。
「わかってたんなら話は早い。その指輪に力を込める感覚をこのオールに流せ。で、その力が籠もった状態のオールを魔物にぶっ刺して、その力を魔物に流す。そんだけだ」
「ええ……」
いとも簡単に言ってのけるルシファーの言葉に苦渋の表情をする沙耶。だがやらねばならないことだとわかっていたので、素直に従うことにした。




