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となりの世界の放浪者たち  作者: 空閑 睡人
第七章:炊金饌玉
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「いい加減うぜえな」


白い雲がぽつぽつと浮かぶ青空の下、まだらに木の生えた平野を歩く沙耶たちだったが、暫く黙ったままだったルシファーの呟きに足を止めた。


昨日中に旅支度を済ませ、早々に沙耶たちは旅館の拠点を出発していた。拠点を出てから数時間歩き続けた今、ルシファーが動きを止めたのだ。


「ルシファー?」


苛立ったルシファーの声に沙耶が振り返り、圭吾も首を傾げた。ルシファーの気に触れているものは、ここにはない何かだと、遠くを探るようなルシファーの様子から窺い知ることが出来た。

だがそれが何なのかはわからなかった。


すぐに思いつくのは魔物の襲撃だ。その襲撃に備えるため、圭吾はアイリスを呼び出す。

沙耶も新しく手に入れた獲物を構えた。折れた鉄パイプの代わりとして持ってきたのは、旅館の壁に飾られていた木製のオールだった。

旅館は湖が近いこともあってボートの貸し出しも行っていたと思われるが、その展示用のものだった。沙耶はそれを拠点のリーダーに許可を貰い、有り難く持ち出させてもらっているのだ。

ルシファーが今は傍にいるとはいえ、常に持っていたものがなくなった喪失感は埋めがたい。まだ手に馴染みきらないそれを、沙耶は強く握りしめる。


警戒して緊張を走らせる二人を見遣ると、ルシファーは沙耶の額を指で弾いた。


「あいたっ!」

「何いっちょ前に構えてんだ。いいからお前らはここにいろ」


そう言うが早いか、ルシファーは翼を出して飛んでいってしまった。沙耶はじくじくと痛む額に手を当てて頬を膨らませる。


「なんかちょいちょいこういうことされるんだけど、主を傷付けられないとかいう隷属契約はどうなってんだ」

「あー、害意のある無しなんじゃない?」

「ちゃんと私痛いよ!」


息巻く沙耶を圭吾が「まあまあ」と宥める。ユキは沙耶の足元でのんびりとあくびをしていた。


それから数刻もしない内にルシファーが飛び去った方角の空に、黒い点が現れた。帰ってきたのか、と肩をすくめた沙耶だったが、ルシファーの両手に大きなものが掴まれているのを見つけて硬直した。驚き、固まる沙耶を尻目に、ルシファーは颯爽と降り立ち、その『荷物』を手荒く地面に落とした。


「いったー! もっと丁寧に運んでくんない!?」

「っつ……。はっ、俺の荷物は無事か!?」


落とされたのは二人の男だった。


一人は成人しているだろうがまだ若い茶髪の男で、ひょろりとした体格に唯物界の服を着ている。

もう一人も同じく唯物界の服を着ているが、先の男よりは少し年かさだろうか。短く刈り込まれた黒髪や、がっしりとした体格からか、そう見えた。


黒髪の男は地面に落とされるなり、背負っていた鞄を開いて中身を確かめると、安心したように息を吐いた。


「助けてくれたことは感謝するが、荷物だけは丁重に扱ってもらえないだろうか」


未だ動けずにいる沙耶たちも、威圧的なルシファーにすらも憚ることなく、男は荷を担ぎ直してそう言った。


「……いや、誰!?」


思わずルシファーに詰め寄る沙耶。圭吾も苦笑いを浮かべながら、二人の男たちに手を伸ばした。


「いきなり空飛ぶ男に持ってこられて混乱してるだろうけど、僕たちも混乱してるんだ。えっと、大丈夫?」

「うわ、ほんとーに女の子たちだけで旅してんじゃん! あ、このにーさんもいるか。いや、でも君めっちゃ可愛いね!」


差し出された圭吾の手を感激したように掴む茶髪の男。圭吾は「可愛い」と褒められ満更でもなさそうな顔をしていたが、それを背後で見ていた沙耶とルシファーは憐憫の目をその男に向けていた。


「ああ、確かに君たちからすれば見ず知らずの男二人組が急に現れたら驚くよな。自己紹介が遅れた、俺は天草千幸(ちゆき)という」


千幸と名乗った男は、圭吾たちの様子が目に入ってないかのように一呼吸遅れて喋りだした。独特の呼吸を持つようだ。千幸は茶髪の男へと振り返ると、目が合ったようで茶髪の男が「おっ」という表情をして自身を指さした。


「それともう一人のこの男は……あんた誰だ」

「まさかの他人!」


衝撃に沙耶が言葉を挟む。茶髪の男は合点がいったように、指を弾いた。


「ああ! そういや俺たち名前も名乗ってなかったもんね。あんた千幸さんってーのね。ならちーちゃんかな! あ、俺は原田勝成(かつなり)。かっちゃんとでも呼んでくれ!」


そう言って勝成は再び圭吾の手を握った。随分と圭吾を気に入ったようだ。


「で、ねーちゃんたちはなんて名前なのよ? 旅してる人たちってのは知ってるけど、名前は知らないんだよね」


からからと笑いながら名を尋ねる勝成。沙耶と顔を見合わせると、圭吾は自然な動きで手を引きながら、訝しげに質問を返した。


「いや、ちょっと待ってよ。何で僕らが旅をしているって知ってるのさ。僕らはあんたたちのことなんか知らないよ」

「魔物を食うということについて知りたくてついてきたんだ」


いきなり言葉を挟み込む千幸。固まる圭吾たちの様子を見て、勝成が慌てて言葉を足した。


「ちょ、ちーちゃん話が突然過ぎでしょ! あ、俺たち実はあの旅館にいたんだよー。で、そこで君たちのことを聞いて興味を持ってね」


やっと腑に落ちた圭吾たち。

殆ど倉庫のような部屋に閉じこもっていたとはいえ、あの旅館では余所者は目立ったことだろう。勝成たちはあの旅館内で圭吾たちを見かけていたのか、もしくは人づてに話を聞いたのかもしれない。


事情がわかり、少し警戒を和らげた圭吾の様子に勝成が一歩踏み込んだ。


「聞いたよ。「魔物が美味しかった」とか何とか言ってたんだってね」


びくりと顔を強張らせる圭吾。隠そうという気はなかったにせよ、あまり外聞のいいものではないだろう。どんな難癖をつけられるのかと身構えたのだ。


だがまた突然会話に入ってきた千幸の言葉は、予想外の言葉だった。


「頼む! 俺に魔物食のことを教えてくれ! このままでは俺は生きている意味がない!」


圭吾が驚愕し、肩透かしを食ったように脱力する。沙耶とルシファーも目を瞬かせている。


「……はい?」


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