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「にしたってお前、随分と沙耶の肩を持つじゃねえか。なんだ、惚れたか」
にやつくように笑みを浮かべるルシファーに、圭吾はふんっと鼻を鳴らした。
「そりゃ好きだよ。沙耶ちゃん可愛いし、命の恩人だし」
「なっ」
あっさりと肯定する圭吾にルシファーが言葉を詰まらせる。
「まあ……惚れたっていうよりかは、友情? 親愛? まあそんな感じ。とにかく大事な人だよ。だって僕は沙耶ちゃんのおかげで自分を吹っ切ることが出来たんだ」
「あ、なんだそりゃ」
訝しげなルシファーに、圭吾は目を細めて自分の着ている服の裾を持ち上げて見せた。
「僕はさ、別に女の子になりたいわけじゃないんだ。ただ可愛くて綺麗なものが好きでそれを着てみたかっただけなんだ」
愛おしそうにふわりと柔らかな服の布地を撫でながら続ける。ウケから交換したお気に入りの服の一つだ。唯物界にいた頃ならば決して着ることはできなかっただろう。
「でも好きなものを好きと言えないことに小さい頃から気付いてた。好きと言うと怒る人も気味悪がる人もいる。そしてその頃の僕には、人に何を言われても気にしないと思える度胸はなかった」
ルシファーは茶化すことなく、口を閉ざしたままだ。
無言でいることで圭吾の話の先を促しているのか。そう感じ取った圭吾は表情を緩めた。
「この世界に召喚された時に僕も例に漏れず死にかけてね、その時「死んじゃうくらいならやっぱり好きなものを着ておけばよかった」って凄く後悔したんだ。でもアイリスに助けられてこの世界でも生きていけそうだってわかった時、僕はまた尻込みした。なんとか皆生きていけるのなら、結局唯物界から幻視界に生きる場所が変わっただけ。僕も他の人も何も変わってないんだ」
圭吾が荷物の入った袋にもたれかかった。袋は荷物で大きく膨らみ、圭吾一人支えることなど、わけないようだった。
「こうして僕が拠点を回るようにしだしたのはきっと、女装してることに後ろ指さされるのが怖かったからなんだと思う。だから自分の正体がばれる前に次の拠点に行く。学校も家もないこの世界ならひとところに留まっている必要がない。点々とすることができる。点々と移動をすることができるようになって初めて僕は自分のずっとしたかったことをすることが出来たんだ」
「……結局びびってんのか。移動し続けるってのはそういうことだろ」
ルシファーが言葉を挟んだ。もはや独白のようなものだと感じていた圭吾は少し驚いたようにルシファーを見た。
その時沙耶が「ううん」と唸って寝返りを打った。かかっていた布団がずれたのを見て、圭吾がそれを掛け直す。
「うん。まあ、そうだったんだよ。でも言ったでしょ、沙耶ちゃんのおかげで吹っ切れることが出来たって」
圭吾は眠る沙耶の頭にそっと触れるように撫でた。その顔はとても穏やかだ。
「自分を押し殺して無理してる沙耶ちゃんがさ、過去の自分にちょっと重なったんだ。そしたらなんだか凄く応援したくなっちゃって。だから沙耶ちゃんが大学から出なきゃいけなくなった時、僕が連れて行くって言ったんだ」
沙耶から手を離した圭吾は、形を確かめるように、自分の手を撫でる。大きくて僅かに筋張った手だ。
「実は僕、アウトドアとか結構得意でね。でも好きじゃなかったんだ、それ自体もそれが出来る自分も。だって可愛くないでしょう、そんなの。でも男と知っても変わらずに「可愛い」って言ってくれる沙耶ちゃんが、「凄い」って「格好良くて可愛い」って言ってくれたんだ。……何だか自分にそう言われたような気がしたよ。そう思ったらさ、人にどう見られてるかとかは、何かどうでもよくなっちゃったんだよね。自分の好きなことが何でも、得意なことが何でも、それでいいじゃんって吹っ切れることが出来たんだ」
両手を床について仰ぐように天井を見上げる。
「吹っ切ることができたらさ、急に視界が開けたんだ。息がしやすくなった。沙耶ちゃんもずっと思い詰めてたみたいだけど、何か吹っ切れたようだし、おんなじように息がしやすくなってるといいな」
圭吾の言葉にルシファーが顔をしかめた。
「吹っ切れ過ぎなんじゃないか、こいつの場合」
「あは、あれ格好良かったもんね。「私のものだ」ってやつ。隷獣冥利につきるんじゃない?」
「うるせえよ」
ルシファーが追い払うような仕草で手を振った。この傍若無人で横柄だと思っていた隷獣は存外人情味があるらしい。圭吾の声を抑えた笑い声が部屋に響いた。




