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となりの世界の放浪者たち  作者: 空閑 睡人
第六章:放浪
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「うーん、よく寝た……!」


 目を覚ました沙耶はぐっと身体を伸ばした。昨夜は日中の疲れもあってか、すぐに眠ってしまったが、久しぶりに気分の良い目覚めだった。


“夢を見ずに寝られたの久しぶりな気がする……”


熟睡の余韻に浸って暫く呆としていた沙耶だったが、枕元で眠るユキ以外に誰もいないことに気が付いた。


「あれ、ルシファー? 圭ちゃん? ……まあ、いいか」


二人の行方を一瞬案じたが、すぐに二度寝の誘惑に負けて、またぱたりと眠ってしまった。




辛うじて残る大きなガラス窓から、燦々とした日差しが入り込んでいた。停滞した空気を押し流すかのように建物内を爽やかな風が吹き抜けている。


その清々しい空気の中、険しい顔をした男と女が一点を睨むように立ち尽くしていた。正確には男と女の格好をした男であるが、この拠点内でその正体を知る者は僅かしかいない。男に至っては人間ですらないが、実態はどうあれ傍目には眉目秀麗な男女なのだ。故にその二人組は非常に周囲の目を引いていた。


そんな集まる視線など気付いてもいないかのように、座の前に立つルシファーと圭吾は腕を組んだまま呻いていた。


「昨日食べて思ったけど……やっぱりウケのご飯は、その、あれだ。一口で箸を止める味がするんだよね」

「要は不味いんだろ。味どうこうは俺の知ったことじゃないが、それであいつがまた握り飯しか食わなくなるようなことは看過できん。そのために俺がわざわざここまで来てやってるんだ」

「別に頼んでないけど……。まあでも実際問題そうなんだよね。こんなんじゃあ僕だっておにぎりしか食べたくなくなるよ。とりあえず一度何があるか見てみようか」


重い足取りでウケの前に進み出る圭吾。ルシファーもその後に続いた。


「ぱっとしないなあ。うーん、やっぱり旅に必要なものの買い出しだけにしておこうかな」

「おい、食い物はどうなる。そういえば昨日魔物を食っただ何だとか言ってただろ。魔物を食うなんぞ耳を疑ったが、それなら沙耶がまともに食えるんならそれにしろ」


ルシファーの言葉に圭吾が苦笑いを浮かべる。魔物の肉はまだ少し残っているが、問題があった。


「ああ、確かにあれは美味しかったけど、火を使いたいからここではちょっとね」

「使えばいいだろ。炎ならいくらでもくれてやるぞ」

「そこまでの強火は僕じゃもて余すかな」


結局二人は淡々と言い合いながら、次々と物資を交換していった。

途中圭吾が一人で持ちきれなくなると、ルシファーが一切何も持とうとしない為、ナズナも呼び出して交換を続けた。圭吾には沙耶が魔結晶を渡してあったので、必要なものは全て揃えることが出来たが、やはり食事だけは食べられるものをと選択した結果、かなり質素なものとなった。


二人が部屋に戻ると、突っ伏したように熟睡する沙耶がいた。沙耶に寄り添うように丸まっていたユキは、戻ってきた二人に気が付くと片目を開けてちらと確認するなり、再び目を閉じた。


「よく眠ってる。最近ちゃんと寝れてなかったみたいだから安心した。昨日帰ってきた時、どこかすっきりした顔してたけど、何か吹っ切れたのかな」


圭吾は眠っている沙耶を起こさないように静かに荷物を降ろし、ナズナを戻して大きく息を吐いた。そしてへたり込むように座り込んだ。まだ体調は全快してはいないようだ。ルシファーは沙耶の近くの壁に背をつけて腰を降ろし、圭吾は一息つくとルシファーに背を向けて荷物の整理を始めた。


暫く荷物を片す小さな音だけが部屋に響いていたが、ふと圭吾が口を開いた。


「ねえ、何でずっと沙耶ちゃんの前に現れなかったの」


独り言のような問いかけだった。圭吾は続ける。


「沙耶ちゃんに聞いたよ。君、ずっと指輪の中じゃなくて外にいたんでしょ。空から飛んできたってことは、ずっと消えずに存在し続けてたってことだよね」


暫く答えを待つが、部屋は沈黙のままだ。


“やっぱ答えないか”


背中越しの自分の言葉に返事がないことを悟ると、圭吾は再び手を動かそうとした。


「……自分の力量もわきまえない、こいつの頭を冷やしてやろうと思ったんだよ」


意外にも返ってきた言葉に、「おっ」と圭吾が手を止めた。その顔には小さく笑みが浮かんでいる。


「へえ。……で、本当は何でなの」

「あ?」


ルシファーが声を低くする。だが当の圭吾はルシファーに背中を向けているのでその表情は読めない。ルシファーが小さく舌打ちをした。


「何のことだかわからんな」

「何言ってるのさ。わかってるんでしょ、ほら。早く」


急かすような面白がるような圭吾の声。ルシファーは煩わしそうに圭吾の背中に顔を背けた。


「……仮に何かあったとして、それをお前に話す必要はない」


その言葉を聞いて圭吾がくるりと振り返り、澄まし顔で言い返した。


「いや、あるでしょ。君がいない間、誰が大事な君の主を守ってたと思うのさ。君が仕事をほっぽっているあ、い、だ!」


ルシファーがうっと顔をしかめる。ぐうの音も出ないとはこういうことを言うのだろう。観念したようにルシファーが小さく呟いた。


「……俺がいなけりゃ、あいつはあれ以上戦わされずにすむだろ」


ぼそりとそう言ったルシファーに、圭吾が目を瞬かせる。ルシファーは気まずそうに視線を外した。圭吾の口角がにんまりと上がる。それを見てルシファーが矢継ぎ早に言い繕った。


「と思ってたらお前ら、俺がちょっと目を離した隙にさっさと大学を出ていきやがって! 気配が追えなくなるかと思ったぞ」

「え、気配って……そんなの追えるものなの?」

「沙耶の魔素なら追えるってだけだ。だっつーのにお前ら、沙耶の魔素が回復する前に移動しやがりやがって。いつまでたっても沙耶の気配を感じねえと思って、あの小僧を捕まえて聞いてみれば出てったっつーわ、どこに向かったかはわかんねえだ、ふざけんなよ」


圭吾は強烈な剣幕でルシファーに問い詰められる英樹の姿を想像して苦笑いを浮かべ、心の中で謝った。


そしておもむろに立ち上がると、ルシファーの前まで歩み寄る。視線がぶつかったと思うと、ルシファーの襟首を掴んで引き寄せ、声音を落とした。


「だったらもう大事な主から目を離すなよ」


ルシファーは目を細めて圭吾を見返した。


「はっ、お前に言われるまでもねえ」


圭吾はふっと表情を緩めると、ルシファーから手を離した。ルシファーは乱れた服を直しながら、意地悪く笑った。


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