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となりの世界の放浪者たち  作者: 空閑 睡人
第六章:放浪
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阿部たちの戦っている様子は沙耶たちにも見えていた。レントやオークなどを見慣れている沙耶からすると軽自動車程度の大きさの魔物は恐怖を感じる程大きいようには見えなかったが、晴美にとってはそうではなかったようだ。


「な、な、何あれ……! あんな大きな魔物がいるなんて、そんな、どうしましょう!」


傍目から見ても酷く狼狽し、落ち着きなくその場でうろうろとしている。慌てふためくだけでこの場から動こうとしない晴美に、見かねた沙耶が声を掛けた。


「助けに行きますか? 流石にあの大きさだと私ではお邪魔になってしまうと思うので、ちゃんと離れてますから、徳田さんは行っていただいて大丈夫ですよ」

「でも……でも私がいると邪魔って言われてるし、勝手に動いたら怒られちゃうんじゃないかしら」

「……緊急事態のようですし、自分の判断で動いていいのではないですか?」

「でもでもー!」


晴美は動かない。平時なら独断専行は確かに迷惑なものだが、そうでなければ別だ。

だが晴美は自分でその判断ができない。または自分で判断することを禁止されすぎて、できなくなってしまっているのか。


このまま阿部たちの手助けをしなくても、おそらく彼らなら自力で魔物を倒し切るだろう。晴美は動けず、沙耶には戦う手段がない。ならばせめて邪魔にはならないようにしなければならない。


“せめてあの二人が今戦っている魔物に集中できるように……”


沙耶はさっと辺りを見回した。今阿部たちはあの二匹の魔物にかかりきりだ。もし自分ならこの状況で嫌なことは、あれ以上魔物が現れることだ。

となれば出来ることは自ずと見えてくる。


「徳田さん、なら距離を取って阿部さんたちの周囲を警戒しましょう。あのカバみたいな魔物は彼らに任せて私たちは邪魔にならないよう、他の魔物が近づかないようにさせないと」

「え、ええ。そうね、確かにそうよね。それならきっと怒られないわよね」


まだ混乱しているようだったが、晴美は何度も頷き、イワに移動するよう指示を出す。イワが大きく一歩を踏み出そうとした時、イワが動きを止めた。


「イワちゃん?」


戸惑うように足を止める晴美。沙耶ははっとして踵を返した。


「徳田さん! 後ろ、魔物です!」


叫ぶ沙耶。そこには中型犬程の大きさの魔物が四匹、こちらに走って向かってきていたのだ。見た目は犬か狼のようだが、毛並みは真っ黒で頭に一本の角が生えている。動きも早く、気付いた時には沙耶たちにかなり接近していた。


「あああ、どうしましょう、どうしましょう! 藤原ちゃん、早くイワちゃんの後ろに!」


悲鳴を上げながら、イワの背後に転がるように走る晴美。沙耶も急いで隠れるが、この行為にはあまり意味がないことはわかっていた。魔物たちは直進しか出来ないわけではない。


“駄目だ。こんなとこにいても隠れてることにはならない。イワはおそらく魔物に背後へ回られたらすぐに対応できない”


沙耶は鉄パイプを握りしめる手に力を入れ直した。


“やるしかない”


つと背後を伺う。

晴美はイワの足元に屈み込んで蹲り、小さく震えている。これではイワに指示を出すどころか、魔物の位置すらろくに見えないはずだ。沙耶はこみ上げるものを抑え、晴美の肩を勢いよく掴んだ。


「徳田さん! イワの前面にいる魔物はお願いします。背後は私が何とかします。だから立って魔物をちゃんと確認してイワに指示を出してください! この状況じゃあ私とあなた達とで何とかするしかありません! 阿部さんたちはあっちの魔物で手一杯な上、これだけ距離が離れていてはこちらの状況に気付かないかもしれません。私達でなんとかしないと!」

「そ、そんなこと言われても……そんな急に、ええ、無理よ……」

「役に立ちたいなら無理してください! 来ますよ!」


魔物の一匹がイワに飛びかかった。その鋭い牙で切り裂こうとしたのだろう、だがイワにはその攻撃は通らない。次に近付いてきた魔物が、一匹目の魔物を見ていたからか牙ではなくその額から伸びる大きな角でイワに当たる。だがイワはその攻撃でもびくともしていないようだ。そしてそのままイワがその腕を振ったと思うと、怯んでいた魔物に直撃した。

魔物はくぐもった断末魔を上げるとそのまま消えてしまった。


“イワ、つっよ! これならそっち側は問題ない”


晴美は未だにイワの影に隠れて動けずにいるようだが、魔物にはそんなことは関係ない。残りの一匹がイワの正面で様子を窺っているが、残りの二匹がイワの背後に回り込むように走ってきた。


「ぬうっ!」


一匹が飛びかかってくる。沙耶は咄嗟に鉄パイプを横薙ぎにして魔物に叩きつける。魔物は地面に倒れ込むが、すぐに姿勢を立て直す。その間にも、もう一匹がまた飛びかかってくる。今度は鉄パイプを振り落とし、魔物を叩き、そのまますかさず鉄パイプで払い飛ばす。


この旅を通じて沙耶の鉄パイプ捌きはかなり上達していた。やらざるを得ない状況下で、上達を強いられていたのだ。そのため何とか二匹の魔物の攻撃を凌ぐことができていた。


だがそれだけだった。

何度鉄パイプで殴りつけても、魔物は起き上がり襲いかかってくる。沙耶の攻撃は決定打になることが出来ず、ただただ魔物の攻撃を防ぐことしかできていない。その上タイミングがずれたり二匹同時に襲いかかってこられたりすればたちまち対応が間に合わなくなる。

沙耶は何とか魔物からの攻撃を直撃することだけは避けられていたが、次第にどんどんと傷を負い始めていた。腕や足は切り傷だらけになっていた。

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