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となりの世界の放浪者たち  作者: 空閑 睡人
第六章:放浪
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59

「それにお答えする権限がウケにはございません」


沙耶は聞き慣れたその言葉を前に、がくりと膝をついて項垂れた。


ここはロビーと同じ一階にある大食堂と呼ばれる場所であり、この拠点でのウケのいる座がある場所だった。

走り回れそうなほどに広い畳敷きの大広間だが、この部屋も随分荒れており、畳は毛羽立ち、じゃりじゃりと砂が落ちていて、土足で踏み均されていた。そしてそこには畳などお構いなしに、ウケたちの建物がずらりと並んでいた。


その建物のひとつの前で沙耶は頭を抱えていた。


“大学の時にも見かけなかったけど、ここにも薬を取り扱ってるウケはいないのか”


食べ物もそうだが、何より沙耶は薬を交換したかった。

圭吾の症状がどんなものか医者ではない沙耶には判断がつきかねるが、それでもあの熱を下げる必要はあるはずと思い、熱を下げるような薬はないかと居並ぶ全てのウケに聞いて回ったのだが、回答は全て同じだった。


「ど、どうしよう……」


肩を落として項垂れる沙耶を、拠点の人々は遠巻きに見ているだけで、誰一人として声をかける者はいない。不安と焦燥感でジリジリと身体が焼けていくようだった。


“……やっぱり私は大学に残ってたほうがよかったんじゃないの? そうすれば私なんていう重荷を圭ちゃんが負うこともなかったし、体調を崩させることもなかったんじゃ……”


強く握りしめた手の平の肉に爪が食い込む。目頭が熱くなっていく顔を振って、両手で叩いた。


“考えててもしょうがない。出来ることをやらなきゃ”


旅の間、水は全てアイリスに依存していたため、水と、ウケと交換できるなかでまともに食べられそうなものをいくつか交換した。

魔結晶にはまだ随分余裕があるが、本当に欲しいものが交換できないことに歯噛みしながら、沙耶は圭吾の待つ部屋へと戻った。


結局圭吾はその日、目を覚ますことはなかった。沙耶に出来ることといえば額に乗せた濡れタオルを取り替えること程度しかなく、夜中過ぎには微睡んだ末眠ってしまった。


翌朝沙耶が慌てて飛び起きても圭吾は目覚めず、依然として熱は高いままだった。


“やっぱり薬がなきゃ駄目だ。でもどうすれば……”


圭吾の額のタオルを取り替えながら必死に考えを巡らせる沙耶。ユキはといえば、何か大変なことが起こっていると理解しているのか昨日から沙耶に寄り添うようにして大人しくしている。

沙耶は無駄だとは思いつつも縋るように圭吾の荷物の袋を開けてみたが、やはり目ぼしいものは何も入っていなかった。


“そりゃそうだよね。圭ちゃんならもし薬があればとっくに教えてくれてる。やっぱり他で何とかしないと……あれ、これ何だろう”


袋の下に小さな紙片が挟まっているのが見えた。端は折れ曲がり、所々裂けているがどうやらそれは伝票のようだ。見るとボールペンやコピー用紙などの備品が書かれている。もしかしたらここは備品を置いておく倉庫だったのかもしれない。


「そうだ!」


その狭い部屋の中で沙耶が声を上げた。思わず出てしまった声に、はっとして振り返るも圭吾は目覚めていないようだ。ほっとしたような残念なような複雑な心境になりながらも、沙耶は少なからず意気込んでいた。


“そうだよ、ここが元々旅館なら備え付けの薬とかあるかもしれない。それをわけてもらえばいいんだ”


そう気付いた沙耶はユキを圭吾の傍にいるよう言い残し、部屋を飛び出した。



座のある大食堂へ行くとちょうどたくさんの人が集まっていた。


ここでは拠点の代表が、戦えない人々に食料を配っているようだ。だがその配給を待つ列を見ると、否応なく大学での光景を思い出す。

あそこで配給されていたのは魔結晶だったのだが。


“校舎壊れたまま出てきちゃったんだよね。大丈夫……だったろうか”


考えが沈みかけたが、やるべきことを思い出し、意を決して背筋を伸ばした。

代表のような人物は五人程。内二人はせっせとウケから食料を交換し続け、もう二人はその食料を並ぶ人々に渡していく。そして残りの一人がそれらを監督しているようだった。


「あの、すいません」


沙耶が恐る恐る声をかけたのは、この監督していた男だった。初老の年の頃にも見えたが、白髪が僅かに混じり始めた髪はきっちりと撫で付けられ、服もウケから交換したものだろうか、しわもないスーツのような服を着込んでいた。その見た目から随分と厳格な性格を想像させられた。


男は沙耶に気付くと、無言で視線を向けた。その視線に気圧されながらも、ぐっと堪えて続ける。


「薬をわけてくれませんか。連れが熱を出して苦しそうなんです。……お金、魔結晶ならあります」

「ない」


男は一刀両断する。列に並ぶ人々や配給する人々も手を止めることなく、それでも二人の動向を注視している。沙耶は小さくたじろぐが、縋るように一歩踏み出した。


「……っ、そしたらどこかにないか、ここを探させてくれませんか」

「ないと言っているだろう」


男の答えはにべもない。だが必死に訴える沙耶の顔を見て、視線を外した。


「……もしあったとしても余所者のあんたに渡すものはない。こっちだって薬は貴重品なんだ。ここの人々に使うのが優先になる。……それにこんなことを言うのも何だが、こんなわけのわからん世界で旅なんかやってるから……そんなことになってるんじゃないか」

「……っ! それは……」


沙耶はそれ以上何も言い返すことが出来なかった。

下唇を噛み、俯く沙耶に男が口調を和らげた。


「滞在日数に関しては制限を設けない。あの部屋なら好きに使ってくれ」


沙耶は黙って頭を下げ、その場を後にした。


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