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解体はかなり早いペースで進んだ。
沙耶は初めて見る光景に戸惑うばかりだったが、圭吾曰く「体の構造は唯物界の鳥と同じ」だそうで、それは手慣れた作業だったようだ。
手伝うとは言った沙耶だったが、何も知らない者が出来ることなど僅かしかない。それでも圭吾の邪魔にならないよう、少しでもやれることを探しては作業を手伝った。
そしてそれほど時間もかからずに大方の解体作業が完了した。完了した肉は、よくスーパーなどでパック入りされていた状態の、見慣れた形になっていた。
圭吾が薄桃色の肉の塊を一口大に切り、それを手頃な木の枝にいくつか刺して炙る。枝に毒がないかをアイリスに確認してから肉を刺していた圭吾だったが、そもそも沙耶は毒性のある木があることすら知らなかった。
他にも圭吾は様々な注意事項を、手を止めることなく語り続けていた。
「向こうで気をつけなきゃいけないことはこっちでも同じってことが案外多いね。全く違うようでいて実は似ていたり、同じかと思えば全然違ったり……。これはどうかな」
たまに炙る向きを変える為くるりと肉の刺さった枝を回しながら、そうひとりごちる圭吾。ぽたりぽたりと垂れた肉汁は焚き火に落ちて、じゅっと小気味いい音を立てて鼻をくすぐる匂いを昇らせる。圭吾にもらった肉の刺さった枝を火に当てながら、沙耶は圭吾の語る言葉を黙って聞いていた。
「よし、ここまで焼けば大丈夫でしょう！」
沈黙を断ち切るように、圭吾が声を上げた。その声に沙耶もはっとして顔を上げる。
見れば枝に刺さった肉は、黄金色の焼き目がまんべんなくつき、身から溢れ出した肉汁に覆われて光ってすら見えた。そして香ばしい匂いが辺りに立ち込め、否応なく涎が口の中にじわりと広がった。さらに圭吾がそこへ塩胡椒を振りかける。塩はきらきらと輝き、胡椒の風味豊かな香りが、肉の香りと混ざってさらに食欲を刺激する。
「うあーうわー！ け、圭ちゃん、いいかな！」
「う、気持ちはわかるけどちょっと待って！ アイリス、一応これお願い」
圭吾が串代わりの枝から肉をひとつ抜き、アイリスに差し出す。アイリスは圭吾の手の平の上の肉に指をつけると、肉が水球に包まれた。そしてしゅわしゅわと溶解していった。胸の高まりを抑えながらアイリスを見守る二人。
アイリスは水でできた指で丸をつくった。
二人の顔が喜色に変わった。
「いただきます！」
そう声を揃えて言うやいなや、大きく肉にかぶりついた。かぶりついた肉は程よい弾力で歯を弾いて、じゅわりと肉汁を口の中いっぱいに溢れさせる。そしてぷつりと歯切れよく切れると、噛むたびにほろほろと身を崩していった。香ばしく甘やかな肉汁を、塩と胡椒が更に引き立てる。
こんなにも美味しいものがあるのかと感動に身を震わせた。
その肉の正体が魔物だということはもはやどうでも良いことだった。ウケから交換できる鶏肉のソテーは一応まだ食べられる類いだった。
だが、これは完全にものが違った。二人が忘れ去っていた、食事は美味しく楽しいものだ、ということをようやく思い出すことができたのだ。
「お、おいひい……」
沙耶の声は感動で震え、瞳は潤んでいる。圭吾も貪るように、あっという間に枝に刺さった肉を全て完食してしまっていた。
「これはやばいね……！ 今までの食事がどんだけ酷かったことか余計に実感するよ」
串に刺して焼いた分の肉をあっという間に食べきると、二人はほうと息をついた。久方ぶりの充実した食事に、腹だけでなく心も満たされていた。
「……小さい時、爺ちゃんに無理矢理山の中に連れて行かれてサバイバルみたいなことをやらされるの、あの頃は凄く嫌だったんだけど、意外と役に立つもんだね」
圭吾が新しく肉を串に刺しながらそうぽつりと呟いた。
「こんなのができるなんて……可愛くないでしょ」
手際のいいその自分の手付きを見つめる圭吾はあまり嬉しそうな顔ではなかった。沙耶は一瞬戸惑ったが、首を傾げた。
「可愛い……とかはわかんないけど、圭ちゃんがこの技術を持ってなかったらこんなの食べられなかった。私だけだったらきっとあれからどうにも出来なかったと思う。一人で旅することにしたってそう。さっき教えてくれた知識みたいなのもこれも、圭ちゃんが圭ちゃんとして生きてきて培ってきた力ってことでしょう。凄いよ」
沙耶は苦笑してそう返した。その笑みは自嘲じみていたが、圭吾への言葉には尊敬の色が滲んでいた。圭吾はその沙耶の言葉に驚いたように目を丸くした。
そして沙耶から見えないように顔を背けた。緩みそうになる口元に力を入れようとしたのだろう。はにかみを必死に堪えていた。
「格好良くて可愛いなんて、圭ちゃんは本当に凄いよね」
背後の沙耶がそうひとりごちる。圭吾は一層沙耶に顔を見せられなくなった。
“僕が格好良くて、可愛い。……そっか。そっかあ”
圭吾は沙耶の言葉を心の中で反芻する。その言葉がじんわりと胸に染み込んでいくのがわかった。
沙耶は黙ってしまった圭吾の背中を不思議そうに見つめると、小さく息を吐いて立ち上がった。
“……圭ちゃんはちゃんと自分の力を持っている。その力が役に立っている。……考えれば私はここで誰かを助けることができる、特別な力を手に入れたって舞い上がってたのかもしれない。だけどルシファーがいなくなった途端に、私はただの役立たずだ”
ずっとかがんでいたからか、足が少し痛かった。足を伸ばそうと少し圭吾から離れて歩いた。先程から動かない圭吾に日が差し込んでいた。
だからだろうか、木陰に入った沙耶から見ると、とても明るく見えた。
すると圭吾はパンと自分の顔を叩くと、すっくと立ち上がった。
「よーし、もいっちょ色々やってみようか！」
そう言うなり圭吾は大きく伸びをすると、食料の入った袋をごそごそと漁り始めた。
「圭ちゃん？ ……まあ、いいや。私、燃やす枝拾ってくるね」
圭吾にそう声を掛けると、沙耶も立ち上がった。圭吾が沙耶に背中を向けたまま手を挙げた。何か考えているのだろう、ひとまず今自分にできることは、そろそろ足りなくなりそうな薪代わりの枝を拾ってくることくらいだ。圭吾からあまり離れすぎないことが前提だが、それならいつも沙耶がやっていることだ。
沙耶は鉄パイプを持って森の中へ入ろうとした、その時だった。
がさり、と音がした。はっとして鉄パイプを握り直し、音のした茂みから距離を取る。圭吾の姿はまだ見える。何かあればすぐに助けは呼べる距離だ。だが、小型の魔物程度なら圭吾の手を煩わせることなく自分だけでも対処できる。沙耶は揺れる茂みを睨みつけた。
茂みが大きく揺れた。
