51
どすん、と右手に重みを感じたと思った途端、濁声のような鳥の魔物の断末魔が響いた。
見ると沙耶が振りかぶった右手の鉄パイプに、魔物に深々と突き刺さっていたのだ。
「びっくりした……!」
「セ、セーフ……。ごめん、間に合わなくて」
「ううん、大丈夫。もうちょっと離れておくべきだったね」
慌てて駆け寄ってきた圭吾に、沙耶が申し訳なさそうに笑顔を向ける。だが正直ひやりともしていた。
“でも危なかった。せめて自分の身は自分で守るためにもしっかりしないと”
そう心の中で決意し、鉄パイプを握り直そうと引っ張ろうとして沙耶は何かに引っ張られるようにがくんと体を揺らした。引っ張られているのか、とどきりとしたが、実際には引っ張られてなどいなかった。
鉄パイプの先には先程倒した大きな鳥の魔物の死体が刺さったままになっていたのだ。
「え……消えない? これ、死んじゃってるはず……」
普段なら魔物は倒されると魔結晶を残して後は粒子状になって消えてしまう。だがこの魔物はぴくりとも動かないのにその姿が消えない。
首を傾げて圭吾もその死体を覗き込んだ。
「……うん、確かに死んでる。けど消えそうにないね。沙耶ちゃん、鉄パイプ抜ける?」
「やってみる」
沙耶が両手で思い切り鉄パイプを引っ張ると、少し突っかかった後するりと抜けた。そして血飛沫が飛んだと思うと、鉄パイプが刺さっていたところから大量の血が溢れ出してきたのだ。
まるで唯物界の動物が死んだときのように。
流れる大量の血に狼狽える沙耶。今までも魔物を倒そうと鉄パイプで殴った時、魔物が血を出すことはあったが、死んだ後にこれほど大量の血が流れるのを見るのは初めてだった。生き物を殺すという感覚に慣れてきたと感じていたが、それは所詮つもりでしかなかったのだと改めて思い知らされた。
「うーん、これ鳥だよね」
血を流し続ける魔物の死体に沙耶が胸を痛めていると、先程から黙ったままそれを見ていた圭吾が口を開いた。
「サイズは異常に大きいけど、鳥っぽいよね。随分と体が重そうだから飛べない種類なのかもだけど」
沙耶がそう答えている最中にも、圭吾は着ていたマントを脱ぎ、腕まくりをして自分の持っていた袋をなにやらごそごそとあさっている。
「圭ちゃん?」
「よし、捌いてみようか」
「へ、えっ? さば、捌くって、それを!?」
小型のナイフと縄を取り出した圭吾に、狼狽した沙耶は思わずどもってしまう。慌てふためく沙耶をよそに、圭吾はさっさと少し開けた平らな場所に魔物の死体を運んで移動した。
そして魔物の首を掴むとナイフで切り落としてしまった。そして手慣れた様子で、縄で足を縛って手近な木の枝に引っ掛けて吊るす。
呆然とその様子を見ていた沙耶に、圭吾が照れくさそうに顔を向けた。
「え、えへへ。実は爺ちゃんが猟友会に入ってて、何度も解体を手伝ったことがあるんだ」
「へ、へえー。何というか、凄く意外な特技……」
「いやいや、「特技は何?」って聞かれても絶対答えないよ、こんな可愛くないこと。好きでやってたわけじゃないし。……僕、唯物界でもたまに隠れて女装してたんだけど、それを爺ちゃんに見られちゃって。それで男らしくさせようってやらせてたんだろうね」
圭吾は呆れたような顔で話しながらも手を止めることはなく、着々と解体を進めていく。アイリスも解体に必要な水を出して手伝っていた。
「わ、私も何か手伝うよ!」
「本当? あ、というか目の前でさくさく進めちゃったけど、こういうの大丈夫だった? 苦手な子も多いでしょ」
沙耶へと振り返った圭吾の持つナイフは、べっとりと赤黒い血がついていた。それに近くには切り落とされた首がごろりと転がっている。それを見て血の気が引かなかったといえば嘘になる。今までこうして動物の解体作業を見たことなどなかったのだ。
だが沙耶はぐっと己を奮い立たせた。
「直接殺したのは私だもん。目を背けちゃ駄目なんだと思う」
つけていた手甲を外し、マントを脱ぐ。前髪をぐいっと耳に掛けて魔物の死体に向き合った。
「先生、よろしくお願いします!」
圭吾が笑みを浮かべた。




