表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
となりの世界の放浪者たち  作者: 空閑 睡人
第四章:歪み
45/221

44

「ああ、今日も見張りでいいよ」

「え、今日も?」


花菜が目を丸くして声を上げた。後ろに立っていた英樹も眉を潜めた。


「でもでも昨日もあたしたち見張りだったよ。見張りだと稼ぎないんだよ」


慌てて手を振る花菜だが、女が笑顔で首を振る。

その女の腕には赤いバンダナが巻かれていた。


戦闘クラスでは魔結晶を稼ぐ他に、見張りの仕事も兼任している。見張りも二人一組で編成され、大学の入り口に立つ組と、学校へ近付こうとする魔物がいないか学校周りを周回する組が日替わりで毎日組まれていた。さらにその編成や戦闘クラスのまとめ役として事務的な業務を行う者も僅かにいる。そして残りが実際に外に出て魔物を倒して魔結晶を稼ぐのだ。


だがここ暫く花菜と英樹はほぼ毎日見張りの担当に割り振られていた。

見張りはその場に居続けることが仕事のため、魔結晶の目標値が免除される。しかしそれは得られる魔結晶もゼロということだ。戦闘クラスが魔物を倒さなければ大学に住む自力で戦えない人々を支える魔結晶は集まらない。


「大丈夫だって。一応見張りは必要だからやってもらってるけど、もう私たち程度が必死になって魔結晶をちまちま稼ぐ必要ないんだから。――あ、ちょっと次私の番じゃないのー!」


手をひらりと振って女は部屋の奥へ駆けていった。奥には何人もの人が車座になって談笑している。皆赤いバンダナを腕に巻いて、その手にはカードらしきものが見えた。


「え、もしかして戦闘クラスの人たち殆ど遊んでんの? え、え、だってあたしたちが戦わないと魔結晶が……。ねえ、ひでっち」


花菜が不安げに振り返った。英樹は眉間の皺を深め、花菜の前に立った。


「あの! 今朝も活也さんは忙しそうに動き回っていましたが、彼はこの現状を知っているのですか!?」


英樹が輪になっている戦闘クラスの面々に声をかけた。何人かが煩わしそうにちらりと首を英樹のほうへ向けた。だがすぐに視線は手元のカードへと落ちてしまった。


カッと血が昇るのを感じた。

あそこにいるのは殆どが年上の人たちだ。だがそれが何だというのだ。英樹は強く背中を押されるように、大きく息を吸った。


「あのっ――!」

「何」


ダンっと大きな音が頭上から響いて、英樹は思わず肩をすくませた。見上げると扉を叩いた拳が見えた。


「優、さん……」


びくりと声を萎ませる英樹。彼は確か戦闘クラスのリーダーだったはずだ。だが扉を叩いたほうとは逆の手には瓶を握っている。頭上から漂う彼の息は僅かに酒の臭いがする。


「俺たちは見ての通り事務仕事中なんだけど。それとも君の言う「この現状」ってのは具体的にどんな状況のこと?」


英樹が息を呑む。

部屋の奥から「おいおい、虐めてやんなよー」などと囃し立てる大きな笑い声が響いてくる。空気が薄くなったような感覚に陥った。


「あー! あたしたち見張りの仕事に行かなきゃでした! じゃそういうことで!」


花菜が手をあげて優と英樹の間に割り入った。そしてそのまま英樹の手を取り、その場から駆け出した。優はその二人の走り去る背を黙って見ると、大きく酒をあおって部屋の奥へと歩いていった。


「か、花菜さん……すいません」

「何がー? にしてもさっきのひでっち格好よかったよ! なんかスカッとした!」


暫く廊下を走って先程の部屋から離れると、ホールに設けられたベンチに腰掛けた。今はまだ昼前だが、室内は薄暗い。天井にある小さな明り取りの窓からの陽光は弱く、僅かな照明だけがぼんやりと光っていた。


「なんかさ、なんでこうなちゃったんだろうね」


小さく呟いた花菜の声が、誰もいない伽藍堂のホールに響き渡る。


「ちょっと前まで皆活き活きしてさ、たまに他の戦闘クラスの先輩とかと話すのも楽しかったんだけどな」


花菜が俯く。英樹も首をもたげ、指を組んだ。その指先で左手の指輪をもてあそぶ。


「最近、巨大な魔物がたまに現れるようになりましたよね。前に見たレントもそうですが、他にも出てるって」

「うん……。外回りしてるときに見たことあるよね。あの時は言われてた通り、学校に戻って警鐘を鳴らしてもらったけど」

「ええ、僕たちでは怪我の危険性が高いということで、戦闘は避けることを推奨されています。つまり結局は藤原さんとルシファーさんにお願いすることになっています」

「ね! 沙耶ちゃんたちマジ凄いよね! この前のデカい蛇が出た時なんかもビカーって雷落として一発KOだよ!」


花菜が声を明るくして拳を突き出した。


近頃巨大な魔物が大学周辺に姿を現すようになった。頻度としてはそれほど多くはないが、今までに見られなかった兆候だ。

これに対し、全共委、ひいては戦闘クラスとして藤原沙耶以外の戦闘を禁じた。それは初めて大学周辺にトロールが現れた際、慌てて応戦した戦闘クラスの人員が酷く怪我をしたことが大きな要因だった。幸い怪我人は命に別状はなく、トロールも急いで呼び出された沙耶によって無事倒された。


だが医療機関のないこの世界での怪我は命取りになる。この判断事態は妥当といえた。


このトロールを皮切りに、数日おきに巨大な魔物が現れるようになる。

その度にその魔物たちは沙耶とルシファーによって一撃でもって倒されてきた。巨大な魔物が現れた際には警報として鐘を鳴らすという規定になったが、今ではこの警鐘を聞いても誰も避難しなくなり、ただの沙耶を呼び出す合図程度のものに成り果てていた。


この大学内で巨大な魔物の出現は、それほど脅威ではなくなっていたのだ。


「でも沙耶ちゃん、魔物倒す度に倒れてるよね。この前会った時に声かけたんだけど「こっちのが気持ち悪くならないから楽!」とか笑顔で言ってたけど、本当に大丈夫なのかな」

「あの笑顔は本当なんじゃないですか? 凄く晴れ晴れした顔してましたよ。よっぽど通常の戦闘による反動のほうが嫌だったんですね。後ろにいたルシファーさんは若干引いてましたが……」


その時の様子を思い出して、英樹が苦笑した。沙耶は倒れる時の感覚を「すとんと眠りに落ちるような感じで気持ちがいい。その上目覚めもすっきり」と言っていた。

だが気絶して倒れている事実に変わりはない。何とも不健康なことだが、本人は喜んでいるのだから何も言えない。


「ああ、ではなくて。巨大な魔物が出るようになってからその、色々と設備が増えましたよね。この前大浴場ができたと思ったら、昨日から個人部屋化に向けて各教室の壁の設置が始まりましたし」

「ねー! お風呂はめっちゃ嬉しいよ! それに個人部屋も! あたしの教室も早く順番こないかなあ」


花菜はすっかり気分が回復したようだ。声を弾ませて足をぶらぶらと揺らしている。

しかしそれとは対象的に英樹の声は固い。


「確かに住環境は急速に改善されています。でもその代価は? 順次教室内に壁を設けて個人部屋のようにすると言いますが、その順次とはつまりそれを為せる魔結晶が集まり次第、ということですよね。ウケによる設置は大抵一瞬ですから」


花菜の足が止まった。


「戦闘クラスの殆どが魔物を倒しに行っていない今、その費用は全部沙耶ちゃんが倒したあの大きな魔物からの魔結晶ってこと……」


ホールの中が更に暗くなった。明り取りの窓に雲がかかったのだろう。小さな照明だけではホールのごく一部しか照らすことができない。


英樹が暗い天井を仰いだ。


「あまり……」


思わず英樹は言葉を濁した。それ以上言ってしまうと本当にその言葉通りになってしまう気がして口を噤んでしまったのだ。

現実はその言葉の有無など関係なしに進んでしまうのだとわかってはいても。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ