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「なるほど! 自分で戦うとは発想になかったなあ!」
沙耶たちについてきたさくらが感嘆の声をあげた。
言葉で説明してもなかなかしっくりこなかったようで、ならばとついてきてもらったのだ。こうして目の前で鉄パイプを使って魔物を倒すところを見て目を丸くしていた。
さくらは昨晩の内に受付を済ませていたようだ。昨日来たばかりなので全共委のこともよく知らなかったようで、沙耶は魔物を探す間に全共委について説明すると、さくらは感心したように何度も頷いていた。
「なんというか、ここはなかなか面白い場所だね。全共委って学生主体の組織もそうだけど、やっぱり一番は沙耶ちゃんの存在かなぁ。喋る人型の隷獣を持ってるだけでなく、自分でも戦うなんて!」
「いやいや、それよりもさくらちゃんのお話のがびっくりだよ。この世界で旅だなんて!」
話が盛り上がってきたこともあり、二人は手頃な倒木の上に腰掛けていた。ルシファーは少し離れたところの木にもたれかかって目を閉じている。
話を聞くに、さくらは幻視界に召喚されてからひと所に留まることなく、旅するようにこの大学やショッピングセンターのようなウケのいる様々な拠点を渡り歩いてきたらしい。ただし旅とはいっても今この世界には地図もなければそもそも道すら無い。それがどれほど困難な道のりか沙耶には想像することもできず、思わず身を乗り出してさくらの話に聞き入っていた。
それに対してさくらは大したことではないかのようにさらりと語って聞かせた。
「別に目的地があるわけでもないし、急ぐ旅路でもないし、案外気楽なものだよ。それに何より生命線である水の心配をしなくていいしね」
「ん? ええっと……どういうこと?」
少し考え込むように首を捻った沙耶だったが、答えが思いつかずにさくらに尋ねた。さくらは自慢げに左手を沙耶のほうへと伸ばした。その指には指輪が二つ嵌っている。
「ふふん、これだよ」
そう言うとさくらの人差し指に嵌った指輪についた水色の石がきらりと光った。そしてその光がきらきらと細かく小さな光の球のようになって弾けた。涼やかで明るい音がした。
「僕の最初の隷獣、アイリスだよ」
さくらが呼び出したのは精霊のような隷獣だった。人間の子供くらいの大きさで、近しい見た目だが、明らかに人間とは異なっていた。大きく広がった髪が翼のように上半身を覆い、腕は透き通った魚のヒレのよう。下半身は段々と細まり足はなく、そのため常に中空に浮かんでいるような状態になっている。そして何よりこれらを含めて全身が水でできていた。まさに水の精霊というにふさわしい姿だった。人に近い形をしているが喋ることは出来ないらしく、その代わりに鈴を転がしたような声で鳴く。
「可愛いでしょ。見ての通り、アイリスは水を自在に操れるし、生み出すことも出来るんだ。だから生命線である水の心配を旅の最中しなくて済むんだ」
そう語るさくらの周囲を、コロコロと鳴き声をさせながらアイリスが飛び回る。その度にその水でできた身体が日の光を反射してきらきらと光った。沙耶は思わずその美しさに目を奪われていた。
「あとはこちら、二体目の隷獣のナズナです! この子の存在も旅をしようと決意したひとつかな」
「二体目!?」
驚く沙耶を他所に、アイリスを出したままさくらが再び左手を伸ばした。今度は中指に嵌っている指輪の黄色い石がきらりと光ったと思うと、さくらの横にもう一体の隷獣が姿を表した。
それは若草色の馬の姿をした隷獣であった。ナズナは嬉しそうに小さくいななくと、鼻の先をさくらにとんとんと押し付けた。まるで甘えているようだ。さくら曰く、この隷獣は最初から所有していたわけでなく、ウケから交換したものだそうだ。
隷獣の交換には食料品や衣服などよりも多くの魔結晶が必要になったそうだが、何度も戦闘を繰り返し、何とか貯めた魔結晶で交換ができたらしい。ただしそれでも戦闘能力はほぼ無く、さくらは荷物の運搬用として使役しているようだ。だが旅をするにあたって荷物の運搬は大きな課題だ。必要不可欠な出費ということだろう。
「水はいつでも新鮮で美味しいのが手に入るけど、食料はそうはいかない。とはいっても基本は買ったものを食いつないでて、最近は道中見つけた山菜とか茸とかも食べたりしてるよ」
「え、毒とかは……?」
「そこはアイリスが!」
ふふんと鼻を鳴らしてさくらがアイリスを両手で指し示す。アイリスは得意げにその場でくるりと回った。
「アイリスは水の精霊だからか、毒とか痛んでるとかがわかるらしくて、初めて食べるものとか怪しげなものは全部見てもらってから食べてるんだよ。結構これ大きくて、あちこち放浪できているのはこのおかげもあると思ってるよ。ほら、案外何とかなるでしょう」
沙耶はナズナを撫でるさくらを感嘆して眺める。確かにアイリスは旅をするにあたって、これ以上なく心強い存在だ。それがさくらの最初の隷獣として表れたのは、旅をしようとするさくらにとってはかなり運が良かったのかもしれない。
だが、結局旅をするということを実現たらしめているのは、さくらの計画と努力と度胸だったのだろう。例えば他の人がアイリスを隷獣にしていたとして、同じように旅に出るという選択肢を選んだだろうか。
この元の世界の面影を僅かにしか残さないこの異世界で。




