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「あ、やっぱり誰かいたんだ」
窓から差し込む茜色の光が沙耶の背中を照らす。
沙耶は持っていた握り飯をさらにもう一口齧った。中にほぐした鮭の身が入っていた。塩で焼いただけの鮭は白飯とあって美味しい。ほぼ一日ぶりの食事ということも美味しさの要因なのだろう。とはいえ最近は専ら握り飯くらいしか食べていないので、他に食べられるものがあるのかどうか知らなかったし、食べたいとも思わなくなっていた。食事の質の問題かとも思えたが、それにもまして近頃はどうも食事がおざなりになっているようだ。
そしてその事に対して、花菜たちの心配をよそに、沙耶は全くの無頓着であった。
ルシファーがトロールを倒してからいつもの如く気を失い、一日が経過していた。
あの日ルシファーが出した光線は、結局火柱と同程度の魔素を消費したようだ。沙耶も気を失うのに慣れてきたようで、炎を何発も出して頭痛や目眩、嘔吐感を味わうよりもむしろ一気に限界を超えて魔素を消費して気を失うほうが、気が楽で良いものとさえ感じ始めていた。例えるならば、どうしても眠くて眠くて仕方がなくて、頑張ってベッドまで行こうとしていたのに「もうここでいいや」とソファの上で寝落ちしてしまったときのような、背徳感と恍惚感。そんな心地よさがあった。
今はまた教授室で目を覚まし、ルシファーに頼んで交換してもらってきた握り飯を食べていたところだった。完全に起き上がるのはまだ体が厳しいので、布団を丸めたものに背をもたせさせている。
ルシファーが沙耶に言葉に答えた。
「よく気付いたな。トロールに追われて隠れてたらしい。で、ちょうどそこに俺たちが来て倒したと。おかげで何とか校内に入れたと何度も礼を言われたぞ。というかレントの時もそうだったが、今回もせっかく手に入れたデカい魔結晶を渡しちまってよかったのか。あんだけありゃもう少しまともなもんも食えただろ」
そう言ってルシファーは沙耶の手の握り飯をねめつける。沙耶は照れたように苦笑する。
「あはは、いいよそれは。どうせそんな美味しいものもないし、これならちゃんと美味しいってわかってるし。それに私も大学の皆に貢献できてるって思うとほら、こう……嬉しいじゃん」
沙耶はもう片方の手で水筒から水を飲む。これは配給された魔結晶でウケから交換したものだ。戦闘クラスの人々は戦って得た魔結晶を全共委に提出してしまうため手元に魔結晶が残らない。
だが他の人と同様に魔結晶の配給がある。戦っている分他の人より少し配給も多い。その余剰分でこうした食料品以外も交換できていた。
窓の外を眺める。窓は校内を貫くように伸びる細長い広場に面しており、そこから談笑する声が聞こえた。
繋がり、のようなものだろうか。大学では人との一体感のようなものを感じられる機会は少ない。何かサークルや委員会等に所属していれば違ったのかもしれないが、家での仕事がある以上そういったものに沙耶が所属することはできなかった。
だが今こうして全共委の一員として尽力できている。大きな魔結晶を渡すと多くの所属員から何度も礼を言われる。先程も活也が来て謝意を述べていった。こうして感謝され頼られると、自分が組織の一員であると強く感じることが出来た。そして組織に所属しているという感覚は、安心感と充足感を与えてくれる。それに心地よさを感じ、求めているのだという自覚はあった。
「とはいっても毎回それに付き合わせる形になっちゃってるルシファーには申し訳ないね」
後ろめたそうにする沙耶にルシファーは不承げに顔を伏せた。
「……んなことは気にしなくていい。食ったらもう寝ろ」
「うん」
そして沙耶はもう一度横になった。あれだけ寝たというのに目を閉じるとすっと眠りに落ちていった。




