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その後、花菜と英樹に付き添われて沙耶自身の力で魔物を何匹か倒すことができた。ただやはりルシファーが倒すより余計に時間を要し、動きが素早い魔物に至っては攻撃も当たらず、反撃を避けることすら危ういため、それらの魔物は花菜たちに倒してもらわざるをえなかった。
慣れない行動に疲れやすくもあったが、だが何よりあの魔素がなくなる反動を受けなくてもよいのは精神的に楽だった。楽しいと感じてしまった沙耶の様子を見てから、ルシファーも不服そうな様子は見せなくなっていた。
結局この日は夕方になるまで沙耶は鉄パイプを振り続けた。やはり沙耶一人の力では一日辺りの目標値には達することはできなかったが、それでも幾ばくかは稼げたようだ。沙耶を見ていた花菜たちも、合間を見て魔物を倒していたようで彼らは無事目標値を達成できたらしい。
その後集めた魔結晶を提出し、簡単に夕食を取って花菜たちと別れた。
食堂から教授室に戻る頃には、辺りはとっぷりと暗くなっていた。建物内の廊下にはぽつぽつと明かりがついているので、なんとか歩くことが出来る。この明かりも戦闘クラスの稼ぎから捻出されている。
沙耶は歩きながら心地いい疲労感に満足していた。既に体のあちこちに筋肉痛の片鱗を感じ始めているが、片手に持つ鉄パイプは一日で随分と手に馴染んだ気がする。
「うんうん、やっぱやってみてよかった。魔素も随分回復した感じがするし、明日はルシファーにも戦ってもらえそう。で、限界を迎える前にルシファーに攻撃してもらうのを切り上げて、その後は自分で戦えばもうあの感覚を味わわなくて済むんじゃない?」
「……まあそうかもしれんが、限界まで魔素を使うのを繰り返したほうがお前の魔素量の底上げになってたんじゃねえのか。ここに来てから俺が炎を出せる回数が増えたのはつまりそういうことだろ」
ルシファーにそう言われた沙耶が顔をしかめて動きを止めた。
「そ、れは、私も薄々そうなんでないかと思ってはいましたが……やっぱそういうことなのかな」
「そういうことだろ」
「むーん」
なんの気なしにそうルシファーに返されて沙耶は頭を抱えた。
そうこうしている内に二人は教授室に着いた。鉄パイプを部屋の片隅に置き、絨毯に腰を下ろすとどっと疲れが出たようだ。ひとまず魔素量の問題は先送りにして、休むことにしたのであった。
それから数日、沙耶は当初の考え通りに、まずルシファーで炎を出して何体か魔物を倒し、反動が来そうになる手前で戦闘を行うのを自分へと交代する方法を取っていた。段々と鉄パイプで戦うのにも慣れたこともあってか、この方法が功を奏し、この数日間沙耶はあの強烈な反動を受けることなく、目標値の魔結晶を集めることができていた。
しかしルシファーの言うように魔素量の底上げは確かに出来ていないようで、それは一日あたりに打てるルシファーの炎の数が増えないことがそれを如実に証明していた。
今ではルシファーは、沙耶が鉄パイプで戦うことにむしろ好感を抱いているようだったが、それでも魔素量が増えないことに関してはちくりちくりと沙耶に苦言を呈していた。沙耶もそれに関しては耳が痛いと感じており、そろそろ諦めて反動覚悟で炎の数を増やさなくてはと思い始めていた頃であった。
この日は朝から空気が重たくなるような暗い曇り空であった。天気予報という便利なものがなくなって久しいが、今にも降りそうなこの雲がいつ雨を落とし始めるかは誰も分からなかった。
そのため早めに仕事を終えようと、ここ最近寝過ごすことが多くなってきた沙耶にしては早目の時間に学外に出ていた。朝から学外に出て既に数発炎を出している。あと一、二発は出せるだろう。
だがいつもならば学校からそれほど離れずとも必要な数だけ魔物に遭遇するのだが、この日は珍しくなかなか魔物を見かけなかったため、沙耶とルシファーは少し遠くまで出かけていた。
「ルシファー。まだ魔物いそうにない?」
「いねえな。周囲に気配がない。面倒だ、飛んでもう少し遠くまで行くぞ」
「そっか。お願いしまーす」
ばさりと翼を羽ばたかせたルシファーに抱えられて空を飛ぶ。ルシファーに抱えられることにも随分と慣れてきた。空から魔物を探すためにそれほどの高度は出さないが、風が強く髪がばさばさと巻き上げられている。顔に垂れる髪を手で押さえつけながら沙耶も周囲を探る。だがやはり魔物は見当たらず、その姿を探してずいぶんと学校から離れた場所まで来てしまっていた。
「うーん、まあこういう日もあるよね。しょうがないし、一旦学校帰ろうよ。……どうしたの」
沙耶が諦め顔でルシファーを見上げると、ルシファーは無言で目を細めている。遠くを見ているようだ。沙耶が首を傾げながらルシファーの視線の先に目を凝らす。
だが何も見えない。
「ルシファー、ねえ何か見えてんの?」
「ふ、喜べ沙耶。大物だ」
「はあ!?」
にやりと口角を上げると、ルシファーが視線の方角へ飛び出した。沙耶もルシファーにしがみつきながら、目を細める。そして息を呑んだ。
最初は大きな岩だと思っていた。だが近付くにつれてそれは岩ではなく、巨大な魔物だと気が付いた。大きさは以前倒したレントほどの高さはないが、それでも人間の三倍程度の体躯があり、それは巨体故にか緩慢な動きで周囲を睥睨している。その全容が見えてくると、沙耶はびくりと体を強張らせた。
「あ、あ、あれって、トロールってやつじゃないの!?」
「おお、なんだ知ってんのか」
「合っちゃってた!」
悲鳴を上げる沙耶。
トロールと呼ばれたその魔物は全身が長い体毛で覆われた歪な形の巨人だった。様々な創作物で目にする機会があったが、目の前にそびえ立つそれはかなり創作物と近しい容姿をしていたため、沙耶でも正体がわかった。
そのトロールはまだ沙耶たちには気付いていないようだが、その大きな頭を左右に動かして周囲を見渡しているようだ。
「何か探してる?」
「さあな。知ったこっちゃないが、さっさとやるぞ」
弾んだ声のルシファーに、沙耶がはっとして止めに入った。
「ちょ、ちょっと待った! あれ、あのサイズだといつもの炎じゃたぶん効かないよね。ってことはもしかしてまたあの火柱を……!?」
「おしいな。あれでもいけるが、あいつは燃えるのに時間がかかりそうだ。ちょうどいいだろう。この俺が炎を出すしか能がないわけじゃねえところを見せてやろう」
「はあ!? それって火柱出すより強力なこととかじゃないでしょうね!?」
動転する沙耶が押し留めようと掴みかかるが、ルシファーは意に介することなく手を伸ばし、指をトロールに向けた。その指の先から大きな光の玉が広がる。その光の玉は大きくなったと思うと途端に収斂し、小さな強い光が爪の先に集まった。刹那、その指先から光の筋がトロールの頭に向けて高速で走った。光線は真っ直ぐにトロールの頭に当たったかと思うと、そのまま頭を貫通し、トロールはうめき声をあげることなくぐらりと大きく傾いで地面に倒れ込み、さあっと粒子となって消えていった。
沙耶は瞠目し、大きく口を開けた。
「な、なんじゃ、あ……れ……」
そう言いかけたところで、強引に意識が奥底に引っ張られる感覚に陥る。
霞がかる視界で、トロールの傍の茂みから何かが出てきたのが見えた気がした。だが、それが何かを確認することなく、沙耶はその意識を手放さざるをえなかった。




