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その日はよく晴れ日だった。だが気温も高すぎるということもなく、通り抜ける風が肌に心地よかった。昨晩花菜と英樹と話し合い、この日は一緒に学外に出ることになっている。その三人の腕には赤のバンダナが巻かれていた。
移動計画後、大学内の人口は一気に増えた。
また、ショッピングセンター組から戦闘可能な人員も増えたこともあり、全共委の再構成が行われた。人員を再構成し、クラスをわかりやすくするため、クラスごとの色分けがされたのだ。運営クラスが黒、医療クラスが青、糧食クラスが緑、そして戦闘クラスが赤になる。衣服を司るウケから色違いのバンダナが少ない魔結晶で交換できるとわかり、識別のため各々自分のクラスの色のバンダナを腕に巻くということになったのだ。
そして花菜や英樹だけでなく、沙耶も正式に戦闘クラスとして全共委に配属されることになった。
戦闘クラスは主に魔物を倒し、魔結晶を集めることが仕事だ。一応それぞれに目標値があり、戦闘クラスの者はその目標値分の魔結晶を集めて全共委に渡す。渡された魔結晶は運営クラスによって集計され、大学内の人々の生活のため運用される。
ただし目標値といってもノルマではなく、あくまで目標だ。目標値を達成しなかったからといって何かしらの罰則等はない。
だがこれは全共委に所属する皆に言えることだが、罰則などなくてもそれぞれが己にできる最善を尽くしていた。皆今の状況が非常事態で、生き残るためにはそれぞれにできることを最大限行わなければならないとわかっていたからだ。災害時に手を取り合い助け合う。それは災害の多いこの国で生きてきた者たちにとってごく当たり前のことだった。
「沙耶さん、体調はどうですか」
英樹が後ろを振り返り、尋ねた。彼らは今学外に出るために門の近くまで歩いてきていた。戦闘クラスの者は緊急時にも対応できるよう基本二名以上での行動が推奨されている。今回沙耶は英樹と花菜のペアに参加させてもらった形だ。
「うーん、なんかまだ全快ではない……って感じがする」
沙耶はそう言うと、手を開いたり閉じたり、体を伸ばすのを繰り返した。
病気明けの次の日、のような感覚だ。沙耶が倒れたのは病気になったわけでも怪我をしたわけでもない。沙耶の中の魔素が大量に消費されたことが原因だ。魔素が今体内にどの程度あるかなど、元の世界、唯物界にいた頃には全く感じもしなかったが、沙耶はここ幻視界に来てから何度も何度も魔素の大量消費を繰り返してきたため、なんとなくの域を出ないまでも、その感覚が少しずつ身につき始めていた。
そしてその感覚で言えば、普通に行動する分には問題ないが、ルシファーにまともに攻撃をさせたりでもすれば、またすぐに動けなくなってしまうであろうといったところだ。万全ならルシファーの一番弱い炎の攻撃が五発程度なら打たせられるが、おそらく今は打てて一発、そしてその後はまた動けなくなる、そんな感覚だった。
「まさかの継承だよねー」
花菜がおかしげに笑う。その花菜の視線の先には鉄パイプを持った沙耶がいた。
そう、沙耶は英樹から隷獣を使用しない戦闘の仕方を学ぼうとしていたのだ。鉄パイプを持って歩く沙耶の後ろには、不服そうなルシファーがついてきている。
「おい、沙耶本気か。お前程度の打撃で倒せる魔物なんざ、たかが知れているぞ」
「そんなこと言ったって、今はまだ魔素が回復しきってないだろうし、何よりもうあの頭をシャッフルされるような最悪な反動をくらいたくないんだよ。大学周りのよわーいやつだったら、私でも倒せるだろうって。でもヤバそうになったらルシファー、そんときはよろしくね」
「めんどくせえ」
鉄パイプを手に馴染ませるように何度も握り直しながら歩く沙耶の後ろからルシファーが悪態をつく。そんな二人の様子を英樹が苦笑いした。
「大丈夫ですよ。俺はバットでしたけど、沙耶さんは鉄パイプ。リーチが長いですからバットより少しは攻撃を受けにくいと思います。それに今回は俺たちもついてますし」
「そそ! ちゃーんと沙耶ちゃん守ってあげるよ」
「ふん」
ルシファーは鼻を鳴らして、黙ってしまった。その様子に沙耶も申し訳無さげに苦笑した。
ルシファーの言っていることは最もなのだろう。沙耶程度の力で出来ることなど些末なものだし、沙耶が前に出ればそれだけ危険が増す。だが今はルシファーに戦ってもらえるだけの魔素は回復しておらず、かといって回復し切るまで何もしない、というのもバツが悪い。様々に考慮した結果、沙耶は鉄パイプを持ってここに立っていた。




