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「起きてた! よかったー元気になったんだ。ねえ聞いて聞いて!」
「か、花菜さん……」
ずいずいと沙耶に近付く花菜。手を引っ張られる英樹は照れたような困ったような表情で花菜を引き留めようとするが、花菜はそれを意に介さない。
ルシファーが怪訝そうに眉をしかめた。
「うるさいぞ、女」
「女て! あは、まあいいや! なんとー、ひでっちがとうとう契約者になりましたー!」
「おお」
花菜の勢いに押されるように、沙耶も感嘆の声が漏れ出た。英樹は照れくさそうに苦笑いを浮かべている。
おそらく全共委の支援を受けて隷属契約を結んだのだ。危険を伴うだろうに、きっと率先して手を挙げたのだろう。以前よりもその表情に自信が宿っているようにも見えた。
「どんな隷獣? あ、ここだと出せないか」
「いや、大丈夫です!」
沙耶が躊躇うと、英樹はいたずらっぽく首を振った。そして指輪の嵌った指を立てると、待ち望んだ隷獣の名を呼んだ。
「ゴーストナイト!」
呼び声に応じるように、英樹の面前の空間に赤黒い光が溢れたと思った瞬間、その隷獣が姿を現した。
西洋の兜と鎧のようなものを身に着けているが、その本体は黒い塊のようで、明らかに人間の姿ではなかった。頭には赤い小さな角のようなものが生えており、両手が大きな赤い剣になっている。足はなく、その代わり尾のようなものが伸びて先端にも赤い棘のようなものが生えている。大きさは英樹よりも小さいが、ふわりとその場に浮かんでいるためか、大きく見える。
「おお、なんかかっこいい」
沙耶が思わずそう溢すと、ゴーストナイトと呼ばれた英樹の隷獣は嬉しそうにその両手の剣をガチャガチャぶつけ合った。
「ゴーストくんってば凄いんだよ! この剣でズババって魔物をやっつけちゃうし、なんとロケットパンチもできる!」
花菜がパンチを打つように両手を動かす。まるで自分のことのように楽しそうだ。
「え、ロケットパンチ?」
「わわわ、違いますって! 手は飛んでかないですよ。おそらく剣影を飛ばしているんです。なのでこいつは近中距離タイプって感じです。ただ花菜さんのテディは完全に近距離型なのでサポートに回ることが多いですね」
驚く沙耶に、英樹が慌てて訂正を入れた。もう随分と魔物と戦ったようだ。この様子だと花菜と一緒に戦っているのだろう。
「沙耶。話はいいが、お前はまず何か食え。また丸一日何も食べてないぞ」
「んん、またか」
話がまだまだ続きそうだと判断したのだろう、ルシファーが三人の会話に割って入った。沙耶もルシファーに言われて、空腹に気が付いた。
どうも最近空腹に無頓着になっているような気がする。
「ああ、そうだそうだ! 沙耶ちゃん腹ペコだろと思ってご飯も交換してきてるよ! 消化に良いものって思ったけど、下手なご飯はめちゃマズだからね。とりあえず無難なものにしたよ」
花菜はそう言うと背負っていたリュックから握り飯とチキンソテー、果物を取り出した。三人分買ってきていたのだろう。そのまま花菜と英樹もこの部屋で食事を済まし、その後暫く話をしてから自分たちの部屋に帰っていった。
沙耶も食事を取った後、また眠気が襲ってきたのでそのまま寝てしまい、気がつけば次の日の朝になっていた。




