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となりの世界の放浪者たち  作者: 空閑 睡人
第三章:大学
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肌を刺すように空気が鋭くなったのを感じた。

どきりとして沙耶は集団を見下ろすが、彼らはまだ喜びの中にいる。緊張の糸が緩んだのか、談笑する声も聞こえる。

沙耶はこの空気を尖らせているのは、自分を抱き上げているこの男だということに気が付いた。


「ルシファー?」


恐る恐る沙耶が声を掛けるが、ルシファーはその問いかけに答えることなく、大学のある方向、正確には大学の裏手から広がる森のほうを見ているようだった。森は大学の裏手から大きく広がっており、その端は大学から随分と離れている。だが端とはいっても森が切れる寸前まで木々は生い茂り、まるで緑の壁のようだ。

ここからはまだ随分と離れているが、その壁をルシファーは鋭い目つきで見つめている。ルシファーが口の端を上げた。


「ここには雑魚しかいないと思ってたが。なんだ、いるじゃねえか」

「え」


その不敵な笑みに背筋が寒くなるのを感じた。そして沙耶もルシファーと同じ場所を見つめた。

目を凝らしても沙耶にはいつも通りの森しか見えない。草原の緑より更に濃い緑がこんもりと広がっている。密集した木々のその奥がどうなっているかはここからでは伺い知ることはできない。


不意に沙耶が瞬きを繰り返した。その森に何か違和感があった気がしたのだ。再度しっかと目を凝らす。だがやはりそこにあるは見慣れた森だけ――のはずだった。


「森が、動いて……」


漏れ出た沙耶の声は動転してか震えていた。

森の木々が揺れている。その揺れがゆっくりと、だが確実に移動してきている。

密集する木々の僅かな切れ間にその揺れが差し掛かった瞬間、沙耶はこの揺れの正体を知った。


巨木だ。他の木々よりも一回り以上太い幹に、その側面から伸びる太い二つの枝が腕のように周囲の木々を押しのけ、そして地面から引っこ抜いたような根が足のように動いている。そしてその巨木の幹には不気味な顔の如き窪みがあった。そう、巨木のようなあれは木ではない。巨木の形をした巨大な魔物なのだ。


沙耶は以前魔物を探してあの森に近付いたことがあった。森に入りこそしなかったが、木々が想像よりも大きかったことを覚えている。近くに立つと首をどんなに曲げても上まで見えない。昔修学旅行で行った大きな神社に生えていた大きな木がこれくらいだったなと思ったものだ。


その木々と同じくらいの高さの、それよりも太い大きさの木の魔物が森を掻き分け進んでくる。その進行方向は明らかにこの集団だ。

沙耶は大きく旗を振った。それは非常事態が起こった際の合図であった。その旗の動きに集団がざわつき始める。

沙耶とルシファーは先行していた場所から集団の元へ戻ってきた。


「藤原さん、どうした」


集団の前に降りてきた沙耶に、活也が駆け寄る。沙耶はルシファーから飛び降り、動揺した気を落ち着かせて努めて冷静に状況を報告した。


「魔物です。学校裏の森から巨大な木の形の魔物がこちらに向かってきています」

「巨大な木の魔物だあ!? そんな魔物は聞いたことねえぞ」


活也に続いて駆け寄ってきた優が眉根を寄せた。すると沙耶の背後から低い音が響いてきた。最初は小さかったその音は次第に大きく、近付いてくる。強い嵐で木々が揺さぶられるような音だ。

だが今ここは無風に近い。故にその音は自然によってもたらされたものではないと誰の耳にもわかった。


「あれ!」


悲鳴のように上ずった声が集団の中から聞こえた。そしてその声の先にそれはいた。


「なんっだあれ! くそ、そんなのがいるなんてありかよ!」


絶叫のような声で優が怒鳴り声を上げた。

沙耶が見た魔物の姿は見間違いではなかった。森から抜け出て全身を現した巨木の魔物が、遠目からでも集団全員に見えていた。不安げな声があちこちから上がる。それを落ち着かせる役目だったはずの戦闘クラスの者たちも動揺してそれどころではない。


「やっぱレントだったか」


事もなげにルシファーがそう呟いた。はっとしたように沙耶がルシファーに詰め寄る。


「うおお、知ってんのね。流石ルシファー、頼りになる! で、頼りになるルシファーはあれどうやったら倒せるかもちろんご存知なんでしょ?」

「ふん、当たり前だろ。つーか見ればわかるだろ」

「いやいやあんなでかいの初めて見たよ。どうすんのさ!」


ルシファーの答えを沙耶だけでなく、皆が固唾を飲んで聞き耳を立てているのがわかった。ルシファーは他の人々の様子など気にすることなく、あっさりと言い放った。


「木なんだから燃やしゃいいだろ」


ルシファーの答えに、沙耶が苦虫を噛み潰したような顔になる。


「燃や……ってそりゃそうだけど。あ、そうだ。いつものあの炎なら!」

「いや、あれじゃ威力が足りない。よくて表面が焦げるか、葉が燃え落ちるくらいだな」


咄嗟に思いついた答えに期待を寄せた沙耶の言葉を、ルシファーはあっさりと切り捨てて続けた。


「もっと強い炎で燃やしゃいい」


じゃあどうするのか、と聞かれるのがわかっていたように、ルシファーは先んじて答えを出した。活也がすかさず尋ね返す。


「そんなものが出せるのか」

「当然だろ」


その呆れたようなルシファーの答えに皆が安堵の表情を浮かべた。そう、沙耶を除いて。


「ね、ねえ。そりゃルシファーはそれくらい出せちゃうスペックがあるんだろうけど、いつものあの炎より強いのって、それ私は……」


言い淀み、その言葉の先を噤んだ沙耶に、活也がはっとした顔をした。活也は沙耶たちの事情を知っている。手の平大の炎を魔物にぶつける程度の攻撃を数発出しただけで沙耶が酷く苦しむことを聞いていたのだ。

だからこそ今回のこの計画では、基本的に戦闘を行わないこの役目を任されたということもあった。だが普段出す炎よりも更に強い炎となると果たして沙耶にかかる負担はどれ程か、活也も沙耶自身にもわからなかった。

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