31
「もうすぐ出発できそうです」
「お、ひでっち。準備ばっちりだね」
沙耶と花菜のもとに英樹が歩み寄ってきた。動きやすそうな服を着て、背中には登山用の大きなリュックを背負っている。それよりも沙耶が気になったのは彼がその手に持っているものだった。
「それ、どうしたの」
「これが今の俺にとっての隷獣です」
そうはにかみながら英樹が見せたのは所々僅かにへこんだ金属バットだった。
「まさか、それで魔物と……?」
「はい。俺も早く隷属契約をして皆の力になりたかったんですけど、なかなか上手くいかなくて。でもやっぱり少しでも力になれればと思って、花菜さんに付き添ってもらって試しにこれで魔物を殴ってみたんです。そしたら何とか倒せちゃって。もちろん動きが鈍くてそんな攻撃してこない弱いやつだけですけど」
「ええ、そうなの!? 人間でも魔物って倒せちゃうのかー。へえ、知らなかったなあ」
そう言いながら沙耶はじろりと横目でルシファーを見た。ルシファーはもの言いたげな沙耶の様子を意に介することなく、鼻を鳴らした。
「俺は倒せないなんて言ってねえぞ。つーかお前もまさかやる気か」
「むっ! 帰ったらやってみるよ。そしたら毎回毎回あんな最悪な気分にならなくても済むかもしれないし。ほんと、あれすっごくしんどいんだからね!」
「あっそ」
「他人事じゃ全くないんだけど!」
その後沙耶は英樹にどうやって魔物を倒していたのかなどを暫く熱心に聞いていた。
そうこうしている内に出発の準備ができたようだ。人だかりから全体に呼びかける活也の声が聞こえた。
沙耶が慌てて戻ると、程なくして大学に向けて出発となった。沙耶は再び旗を持ち、ルシファーに担がれて上空へ飛び上がり、大きく旗を振って集団よりも先にショッピングセンターを後にした。
帰りの行程は行きよりも随分と速度が落ちた。行きは自分の身だけ守ればよかったのが、帰りは戦うことの出来ない大人数を守りながら移動しなければならない。戦闘クラスの面々は常に周囲を警戒しながら進まなければならなかった。
また、移動する集団の中には老人こそいなかったが、子供や足を悪くした者もおり、彼らのペースに合わせるとどうしても移動速度は制限せざるをえなかった。
加えて、これは想定外のことだったが、魔物の出現が行きよりも明らかに増えていた。これには全共委も動揺していた。
だがすぐに活也の指示の下体制を立て直し、どうにか魔物を捌いていった。
上空から見ていた沙耶もほっと胸を撫で下ろしたが、それでも不安そうにルシファーに声を掛けた。
「なんとか持ち直したみたいだけど、私たちも魔物倒すの手伝ったほうがいいのかな」
「手を出すのはいいが、俺が炎数発出してその後お前ろくに動けなくなんだろ。そんな状態で旗持てんのか。お前の役目はそれを掲げ続けることだろが」
「うん、まあそうなんだけど」
不安を拭いきれぬまま、沙耶は視線を前方へと向け直す。ルシファーの言う通り、大した戦力にもなれず、そのくせ与えられた役目すらまともに果たせなくなっては意味がない。
沙耶は気持ちを切り替え、己の役目に集中することにした。
その後も集団は大学へと歩を進めていく。多くの魔物との戦いで明らかに戦闘クラスの人々は疲れの色が顕著になってきているが、ショッピングセンターの隷獣持ち組が奮戦しているようだ。大学内での主戦力である彼らと比べても遜色無く戦闘に貢献している。金属バットを持った英樹も、弱い魔物は率先して引き受けているようだ。
隷獣を持たない人々は自衛の手段もなく普段魔物を見ることも少ないためより精神の負担は大きいだろうが、そんな彼らに触発され、文句一つ言わずに粛々と歩き続けている。
途中何度かひやりとするような場面がいくつかあったが、日が傾きかけた頃、ついに沙耶の目が遠くにそびえる大学を捉えた。
「皆さん、大学が見えました! もう少しです!」
沙耶が大声で集団に呼びかける。それを聞いた人々は「おお」と快哉の声を叫び、互いに顔を見合わせた。その顔は皆一様に喜色に満ちていた。
その時だった。




