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その日は朝からどんよりとした曇り空だった。降雨が心配されたが、計画は実行されることになった。
こういった時、元の世界の天気予報がいかに便利だったかを痛感する。例え頻繁に外れることがあったにせよ。
決行は朝早くから行われた。
「では頼んだ」
「はい。予定通り先導します」
活也に声を掛けられ、沙耶はルシファーに掴まって飛び上がった。小さな鞄だけを背負い、その手には大きな旗が握られている。
眼下には総勢十名の全共委の人たちが隊列を組んで出発を待っている。運営クラスの活也と二人の医療クラス、残りは優を含めた戦闘クラスだ。隊列の前に二人、後ろに二人、活也と医療クラスを挟むように中程に二人が位置し、優は随時移動しながら状況を判断する。
彼らには沙耶が殆ど戦力にならないことは伝えてあるため、専ら沙耶の役目はこの隊列を目的地まで先導することだ。沙耶が持つ旗は鉄パイプとありあわせの布で拵えた簡易なものだったが、布は大きく派手な彩色をしているため、遠くからでもよく見える。
この世界には道路も街灯も建物すら何もない。ほぼ代わり映えしない緑の原が続くだけだ。そんな中大人数であてもなく歩くのは得策ではない。空から遠くを一望できる沙耶たちがその標となることが必要だった。
この計画が立ってから、沙耶は戦闘で動けなくなった折に何度かショッピングセンターと大学を上空から往復していた。
目印は何もないとは言っても、上空から見渡せることができるというならばまた別だ。地形と特徴的な木の配置などから空の道を覚えていったのだ。その道を辿るようにして沙耶たちは全共委の面々を率いていくことになる。
道中魔物に遭遇することもあったが、今回組織された戦闘クラスの面々は大学内でも指折りの者たちだ。慣れた様子でさっさと魔物たちを片付けていく。
そうこうしている内に昼前には目標となるショッピングセンターに無事到着した。
「沙耶ちゃん、久しぶり!」
「久しぶり。元気そうでよかった」
全共委より先駆けてショッピングセンターに到着した沙耶は、久しぶりの再会となる花菜から抱擁の歓迎を受けていた。以前計画書を持って訪れた時、花菜は魔物を狩りに出ていて会えなかったのだ。
「こちらは全員用意が出来ていますよ」
「俺、皆を呼んできます」
藤田も沙耶を見つけてショッピングセンターの外に出てきた。一緒に出てきた英樹はまだ中にいる人たちを呼びに踵を返した。
沙耶と花菜が互いの近況を十分に伝えきらない内に、ショッピングセンターに避難していた人たちが全員外に出てきていた。皆大きな鞄を背負うなり、持つなりしている。その表情は不安そうであったり、期待に満ちた顔であったりと様々だ。
「とりあえず持ち出せそうな物は皆で分担して、持てるだけ鞄に詰め込んであります。ここがショッピングセンターでよかった。食料品の類はありませんでしたが、こういった鞄や日用品なんかは十分にありましたから。にしてもウケたちは放置で良かったんでしょうか。一応移動する旨、声を掛けたんですが、まあ、いつも通りの反応しかせず……」
「ウケちゃんたちなら大丈夫だって。もしかしたら誰もいなくなったら清々して動き出すかもよ! ま、それより今はちゃんと全員無事に引っ越しできるよう頑張んなきゃ!」
そう言って花菜は藤田が担いでいる大きな鞄をパンと叩いた。それを見て緊張の面持ちだった人たちの顔が少し緩んだ。この数日で彼らも少しは活気を取り戻したのだろう。
沙耶は少し胸を撫で下ろした。
すると背後から優の声がした。
「おーい、沙耶ちゃん! あ、いたいた! もうちょっと旗持っててよね。つーかマジでショッピングセンターがあるとはなあ」
「うん、どうやら皆用意できているようだな」
暫くしない内に活也たち、全共委の面々も到着したようだ。活也はすぐに藤田たちと話を始め、人員の把握、行程の説明を済ませていった。その間、他の全共委たちは簡単な食事を済ませて少し腰を降ろしていた。ここまで歩いて数時間だ。魔物があまり出没しなかったとは言え、疲労も溜まる。
出発は小休憩を挟んでから行われることになった。
沙耶と花菜も出発するまでの間、彼らから少し離れた場所で握り飯を食べて待つことになった。人が行き交う場所だとルシファーが嫌がるのではと思ったのだ。当のルシファーはというと沙耶の場所からほど近い場所で腰を降ろしている。
「にしても沙耶ちゃん、やるなー。新しい情報を見つけ出すって意気込んで飛んでったと思ったらすぐに欲しかった情報を見つけて帰ってくるんだもん」
「それについては本当に運が良かったとしか。それに凄いのは隷属契約の方法を見つけ出した彼らだしね」
「まあね。大学生って凄いなあ。というか沙耶ちゃんが実は大学生で年上ってことにもあたしはびっくりしてんだからね。早く言ってよー」
「あはは、ごめんて」
花菜は沙耶が年上とわかってもこの調子だった。だがそのほうが沙耶にとってもよかった。その代わり花菜に対して敬語を使わないよう重々言い含められたのだった。




