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だがそこまでだった。
「ううっ!? ぐっ、ぬうう」
思い切り体を掴まれて大きく揺さぶられたような衝撃が体に走った。途端、視界が回って立つこともままならなくなりしゃがみ込む。すると今後は追い打つように激しい頭痛に嘔吐感までこみ上げてくる。
この感覚には覚えがあった。あの、何度か味わったあの感覚だ。むしろ今は腹の中に食べ物が入っている分余計に気持ちが悪い。
沙耶は暫く座り込んで目を瞑り、この感覚が過ぎ去るのをただひたすらに耐え続けた。
「せ、成長したと、思ったのに……」
小康状態になった沙耶が恨めしそうにルシファーを見上げた。ルシファーは自分の手を握ったり開いたりしながら沙耶を見下ろした。
「いや、成長はしてるだろ。一発は普通に出せたしな。ま、そこで燃料切れしたって感じだろ」
「一発だけで……!?」
絶句する沙耶。絶望に打ちひしがれたような沙耶の顔を見てルシファーが笑った。
「まあ、そんなショックを受けんなよ。お前の魔素量は確実に増えてるわけだ。微々たるものだが。ま、この程度でへばってちゃ俺がいつ全力で力を出せるかはわかったもんじゃねえな」
ルシファーがいたずらっぽく笑った。よくなってきた頭がまた痛くなるような気分だ。こんな思いをして、でもまだまだだという。ルシファーが全力を出せるようになるまで一体いつまでこんな思いをし続けなければならないのだろう。
「魔素量が増えたって言ったけど、具体的に何で増えたの? お腹がいっぱいだったから? あ、それとも魔物を倒して実はレベルアップとかしてたとか?」
レベルアップ。ゲームにはつきものの、強さを数値化したわかりやすい指針だ。敵を倒すことで経験値というポイントが溜まり、そのポイントが一定数に達することで自らが成長する。魔物という存在があるのだからレベルという概念だってありそうなものだ。
英樹もレベルの存在について言及していた。あの時は沙耶もレベルなんて便利なものがあるはずないと思っていたが、あったならいいと期待してしまう。自分の実力がわかりやすく理解できるし、成長への励みにもなる。
「あるわけねえだろ。お前まで何言ってんだ」
「……ですよねー」
だがルシファーはあっさりと沙耶の期待を切り捨てた。
「今回はお前の体調が良かったことが大きいだろうな。昨日までお前、ほぼ絶食状態だったろ。そんな状態で魔素が十分にあるはずねえからな。ま、どうにかしたいならせいぜい鍛えるしかねえ。元の世界でも体力つけたきゃ走り込みして筋トレしてってやるだろ。同じだ。魔素量を鍛えたければ何度も使って地道に魔素量を増やすんだな」
「嘘でしょ……」
沙耶は思わずその場にへたり込み、暫く動くことができなかった。
だがそうはいってもやることはやらねばならない。これも花菜から聞いていた話だが、先程茸の魔物から得た小さな魔結晶一つでは飲み物一杯と交換するのがせいぜいだという。流石にそれだけはもたない。
沙耶は絶望に鞭打ち、襲い来る反動に何度も何度も耐えながら、魔物を倒し続けた。それでも日が沈む前までに稼げたのは片手で収まってしまう程度の量であった。
「ほんとに成長してる!? あれ以降ルシファーが一発炎出す度に最悪な気分になるんだけど!」
「魔素が全部回復する前に使うからじゃねえのか。完全に回復できれば一発までは元気に打てんだろ。まあ頑張れ」
何度も酷い不快感に襲われ続け、疲労困憊な状態でふらふらと構内へ戻る沙耶が悲鳴にも似た不満を吐露すると、専らの要因であるルシファーは他人事のように心無い口先だけの励ましを沙耶にかけた。
結局その日は飲み物だけウケから交換し、与えられた教授室に倒れ込むように戻った。
教授室は部屋の両側が壁一面の本棚になっており、そこにびっちりと大量の本が押し込まれていた。それ以外には大きな机と椅子、そして古ぼけた絨毯の上に背の低い長方形の机が一つ置いてあるだけだった。
沙耶はそのローテーブルを押しのけ、ラグの上に自分一人横になる空間を確保すると、適当に本を数冊重ねてそれを枕にすぐに眠りに落ちてしまった。




