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話によると、ここに滞在している人たちは校舎の空き教室等を使って寝起きをしているらしい。沙耶もそれに倣う形となるが、ルシファーという存在は目立つということもあり、大学に在籍する教授一人ひとりに与えられる教授室の一つを使うこととなった。
活也たちと話し終えた沙耶はひとまずその教授室へと向かうことにした。
「新しい情報が見つかってよかったなあ。それも隷属契約のやり方がさっそく見つかるなんてほんとによかった」
食堂から移動しながら沙耶が満足そうにひとりごちた。それに対してルシファーが不機嫌そうな声を出す。
「何がよかっただ。七面倒なことになったじゃねえか。この俺にメッセンジャーめいたことをさせようとはいい度胸だな」
「それはしゃーないでしょ。空飛べるのルシファーだけなんだから。……あ、それより思い出したんだけど」
「ああ?」
ルシファーが怪訝そうに沙耶を見下ろした。沙耶が期待に満ちた目でルシファーを仰ぎ見る。
「昨日ルシファー、手から火出してたでしょ! それに今朝私にかけた水、あれもルシファーが出したやつだよね。なのに私どっちの時も気持ち悪くなんなかったんだよ。もしかして成長? 成長してんのかな?」
「はっ! 何、嬉しそうにしてんだ。昨日の火は出しただけでそれ以上何もしてねえだろうが。水だってただ出しただけだ……だが、まあ、今のお前は腹も膨れて睡眠も取れてて健康体って感じだな」
「いいもんじゃなかったけど一応腹は満たされてるね」
「なら確かにあの時よりは今のほうがまともな結果になりそうではあるな」
「でしょでしょ! どうせ話が決まるまで自由時間だし、何なら私たち今一文無しだし、ちょっくら試しに行こう!」
そう言って沙耶は部屋をちらと確認するなり、ルシファーを連れて学外へと向かった。
門下の通路から学外に出る際、昨日とはまた違った顔ぶれの門番が二人立っており、外に出ようとする沙耶たちを引き止めたが、ルシファーが隷獣であることを伝えると通してもらうことができた。彼らも全共委の構成員なのだろう、おそらく昨日の内に沙耶たちの情報は彼らの中で共有されているようだった。
「それでも学校からあまり離れた場所には行っちゃだめだぞ。学校から離れた場所はどうなっているかまだ全然調査できてないし、この周囲もそこまで強い魔物がいないとはいえ囲まれたり油断したりすると本当に危ないからな」
「特に学校裏手の森とかな。つーかもともと森なんてなかったのに、どっから出てきたんだよっていう。不気味だしな。あと海の方。でっけえ竜が出るらしいぞ、噂だけど」
彼らは沙耶たちにそう重々注意をした。学外は本当に危険で、そして彼ら自身も危ない目に遭ってきたのだろう。言葉に重みがあった。
彼らの言葉を肝に銘じ、沙耶たちは学校からそれほど離れていない開けた場所までやってきた。
門から出て十分程度歩いただろうか。現時点ではまだ魔物の姿は見えない。
「ルシファー、魔物が出たらあの最初に見せてくれた炎のやつやってみてよ。前はひっどい気分になったけど、きっと今はピンピンだからね!」
「そうなってくれなきゃ困るんだよ。ああ、ほら出たぞ」
そう言うや否や、少し離れた木立の陰から大きな黒い塊がまろび出てきた。
「うお! あれが噂の歩くデカい茸モンスター!」
沙耶が驚愕の声を上げた先に、幼い子供と同じくらいの大きさの茸の魔物が現れた。茸の表面の、皺にも顔にも見える模様が不気味に動く。
この魔物のことは花菜から話を聞いていた。動きも緩慢で頑丈でもないが、頭の茸の傘から胞子を撒き散らすという。全身に浴びたことはないのでどのような影響があるかは不明だそうだが、風に乗って飛んできた僅かな胞子を吸っただけでひどく咳き込み、涙がかなり出たそうだ。
ならばそんなものは浴びないに限る。
「よし、じゃあルシファー先生、お願いします!」
「変な呼び方するんじゃねえよ」
そう言いながらルシファーが手の平から炎を出した。ルシファーの手の平の上に炎が浮かぶようにして燃え上がる。そしてそのまま魔物へと指を指すと、炎が魔物めがけて一直線に飛んでいった。
茸の見た目通り、炎に弱いのだろう。断末魔のような悲鳴を上げて轟と一気に燃え上がった。そして瞬く間に燃焼しきって崩れ落ち、ボロボロと焦げ炭が消えていく最中、小さな石がころりと質量をもって地面に落ちた。
「お、おお……? 何ともない! 私何ともない!」
あの感覚が襲い来るのを予期して身構えていた沙耶が歓喜の声を上げた。ルシファーの炎は確かに敵を燃やし尽くした。だが、沙耶の体調に変化はない。沙耶は駆け足で魔物だった消し炭の傍に落ちていた魔結晶を拾い上げた。
「成長してる! やっとあの感覚とおさらばできる!」
魔結晶を握りしめ嬉しげにその場を歩き回る沙耶を、ルシファーが呆れたように見ていた。だがその目に侮蔑の色はない。
その時先程倒した茸の魔物が出てきた方角とは逆方向からもう一匹似たような茸の魔物が姿を現した。
「ああ、もう一匹いたな」
ルシファーは気付いていたのか、特に慌てた様子はない。茸の魔物はのそのそと近寄ってきている。
「うっしゃ! じゃあこの調子でもう一発!」
沙耶が意気揚々とその茸の魔物に指差すと、ルシファーは鼻を鳴らして炎を出した。炎は先程同様に、魔物を一気に燃やし尽くした。
そこまでは沙耶も状況を確認することができていた。




