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となりの世界の放浪者たち  作者: 空閑 睡人
第三章:大学
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四人が向かったのは食堂があるはずの学生ホールではなく、図書館の隣に建つ講堂だった。講堂内は広い舞台を多くの人が見られるように地下一階から二階にまで縦に伸びていて、そこに数多くの椅子が並んでいる。その構造上講堂内のどこからでも舞台が見えるようになっているのだが、その広い舞台の上にウケたちの「座」が伸びていた。

建物の見た目もウケたちの様子もショッピングセンターで見たものと全く同じなのだ。果たしてウケとは何人存在しているのだろうか。そして沙耶はショッピングセンターで見た時よりも、建っている建物の数が多いことに気が付いた。


「その反応、何、もしかして座見たことあんの」


何も言わずにじっと座の様子を観察していた沙耶に、優が声をかけてきた。


「あ、はい。ここに来る前にあの、街中にあるショッピングセンターに寄ってまして、そこにも同じものがあったので」

「はあ? まさかあれまで召喚されてんの? やっば!」


優が吹き出すように笑った。優の笑いに何と返したらいいかわからず沙耶が戸惑っていると、壇上から活也の声がした。


「おい、俺はもう交換できたから先に食堂に行ってるぞ。話はそっちでだ、早く来い」

「へいへい。ほら、あんたも早く交換して来な。食堂の場所はもちろん知ってんだろ」

「大丈夫です!」


優の後を追うように沙耶も座へと急いだ。


実際自分で座を使うのは初めてだったので今まで知らなかったのだが、どうやらウケたちはその個体ごとに交換できるものの種類が違うようだ。

例えば一番左端とその隣にいるウケは飲み物を含む食料品を、さらにその隣のウケは服飾品を、次のウケは日用品をと、ほぼ全員が違ったものを交換する。中には武器交換専門のウケも、建築物専門のウケまでいた。一体どんなものと交換できるのか気になったが、待たせては悪いといそいそと食料品専門のウケの前に立った。


交換を申し出るとウケはいつものお決まりの言葉を喋ったと思うと、その顔の前にずらりと文字が浮かび上がって並んだ。沙耶とウケの顔の間の空間に文字が浮いているのだ。巫女服という和風な見た目に反して随分とSFチックな仕掛けだとも思ったが、そもそもウケの存在自体触ることの出来ない映像のようなものなのだ。同じような原理なのだろう。


初めてのことに戸惑いながらも沙耶もなんとか食事を交換した。交換した、とは言っても今の沙耶は、元々唯一持っていた魔結晶を英樹に譲ってしまったために無一文だ。費用は優に出してもらい、食器は近くに置かれていた、おそらく食堂の備品だったであろう見覚えのある皿を使わせてもらった。


“皿は自前で用意するのか。そういえば私にお茶をくれた藤田さんもコップはウケに渡してたな”


ぼんやりと思い出しながらウケが食事を出してくれるのを待つ。だが実際は待つことなど殆どなく、食事は沙耶が注文して結晶を渡し、ウケが後ろを振り向いたと思った途端、こちらに向き直ったその手に既に用意されていた。


「ほ、ほんとに一瞬だ……!」


思わず目を丸くする沙耶。今回沙耶が頼んだのはサンドイッチよりももっと手間のかかるものだ。だが提供される時間にサンドイッチとの差はない。

ますます自分たちが何を食べているのか不安にはなるのだが、空腹には勝てない。それは嫌というほど思い知らされている。


「うわ、まさかのそれいく? あー、あんたも食えれば何でもいい派?」


優がげんなりした表情で沙耶の頼んだカレーライスを見た。藤田に話を聞いてから一度は食べてみようと思っていたのでこれにしたのだが、やはり美味しくないのだろうか。見た目は完全にカレーライスだ。だが確かにカレーの香りはしない。いくつかの香辛料の香りはするのだが、本当にただの香辛料の香りで、カレーの香りになりきれていない。

見れば優はチキンソテーと白飯を交換しているようだ。鶏肉をそのままソテーして塩胡椒を振っただけのような見た目だが、確かにあれなら「素材そのまま」というやつだ。二人はこれまたかつて食堂で使われていたお盆に食事を載せて食堂へと向かった。


食堂に入ると奥の席から活也の声がした。食堂には他にも何人もの人が食事をしていたため混雑していたが、活也の座っている場所はパーテーションで区切られていて六人席のそのテーブルには活也の他には誰も座っていなかった。沙耶たちは活也に言われるがままに席に着いた。

活也の横に優が座ったため沙耶は活也の正面に、沙耶の隣にルシファーが座った。これから話をしようというのにルシファーは席に着くなり座っている角度を正面からずらし、目を瞑って無関心を露わにした。


“ほんとに金輪際話す気がないな、こいつ”


眉をしかめる沙耶。活也はそのルシファーの態度に驚いた表情をしたもののすぐ正面に座る沙耶に視線を向けた。


「色々と聞きたいが、空腹だろう。まずは少し食べてから話そう」


活也が手を向けて食事を促す。そういえば昨日サンドイッチを食べてから何も食べていない。空腹なのは間違いなかったため、沙耶も遠慮せずカレーライスを食べ始めた。


「――うっ! ぬえっ!? こ、これは……」


カレーライスを一口食べた途端、苦悶の表情を浮かべた沙耶のスプーンが止まった。あの時藤田が言いたかったことがようやく理解できた。

これはカレーであってカレーではない。カレーの出来損ないだ。構成する素材の要素は確かにカレーのそれだが、素材の味はそれぞれ分離していて、カレーとしての味になっていない。まるで一つ一つの素材が、S極とN極のように互いに混ざり合うことを強く拒否しているようだ。カレーとは本来何種類もの素材を使うことでその味に奥深さを与えているものだが、それがかえって悪影響を及ぼしている。素材の多さはそれだけ反発し合う味の多さだ。口内調理という言葉があるがそんなものでは補いきれない惨状だ。なんならカレーがかかっていな米だけが、米としてちゃんと美味しくすら感じるほどである。


「やっぱ不味いんじゃん! めっちゃ涙目だし、なんでカレーなんか頼んだのさ」

「その、どんなものかと……。うう」


笑う優に沙耶が涙声で答える。幸い水は水の味だ。口内に残る数多の味たちを水で流し込んだ。


“なんかこう、大量の錠剤を水で無理矢理流し込んでる気分だ……”


震えながら必死の形相で食べ進める沙耶を、活也が不思議そうに眺めた。


「優もだが……そんなに不味いか? 俺は何を食べても特に気にしないけどな」


信じ難いものを聞いたように沙耶がばっと顔を上げた。見れば活也が食べているのは麻婆豆腐だ。これもまたたくさんの調味料により複雑な味がするものだが、当の食べている本人は苦もなく食べ進めている上、もう半分以上食べ終わってすらいる。

沙耶は目を見張って絶句した。


「ほら見ろ活也、お前が異常! 味音痴なんだよ。マジありえねえわ、そんなんバクバク食えるとか。こっちはこんなシンプルなもんしか食えねえってのに、ほんと羨ましい限りだよ」

「なんだ、羨ましいならお前も食ってみればいいだろう。確か麻婆豆腐はまだ食ったことなかっただろ」

「誰が食うか!」


その後必死の思いと空腹感だけを頼りに、活也と優に随分と遅れて沙耶も何とか完食しきったのである。

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