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「とにかく入って入って。一応初めてここに来た人は皆受付してもらってるんだ。図書館の一階が受付なんだけど……場所わかるよね?」
「あ、はい、大丈夫です」
頷く沙耶。男性のほうがルシファーを見上げた。
「そっちの……うお、でっけえな。あんたも在校生?」
「あ?」
「ああっ、いや、彼は私の連れでして、在校生じゃないんですけど……あ、在校生以外は入れないですか?」
馴れ馴れしく声をかけられたことで明らかに機嫌の悪くなったルシファーとの間に、慌てて割り入る沙耶。男性は少し驚いたようだったが、特に気にしたようでもなかった。
「そんなことねえよ、むしろ今はわりと学外の人たちもいる。どっちにせよ受付はしてもらわなきゃなんないが」
「わかりました。図書館ですね」
沙耶は頭を下げるとルシファーの手を引っ張り、足早にその場を去った。ルシファーの舌打ちが頭上から聞こえた。
「頼むから初対面の人に悪態をつかないでよ。印象悪くなるでしょうが」
「知るか。そもそもなんで受付なんぞしなきゃなんねえんだ」
「いやそれこそ知らんけども。でもとりあえずここでそういうルールになってるなら、まずはそれを守んないと。でなきゃ何にも話なんて聞けないでしょ」
沙耶は溜め息をついて校内を進んでいく。
門を抜けると正面には幅広い一本の長い広場が伸びている。その両脇に校舎が建っており、一番奥には式典や講演会等が行われる講堂、その左側には食堂を備え付けた学生ホール、そして講堂の右側には図書館がある。広場は二百メートル弱程度の長さがあり、片側には校舎が二棟ずつ建っている。
その長い広場を進む沙耶たちは道中、何人かの人とすれ違った。広場に点々と立つ街灯に明かりはついていないので互いに顔は見えないが、弾んだ会話が聞こえたことからも、ショッピングセンターのような陰鬱な空気は感じなかった。
程なくして沙耶たちは広場の突き当り、講堂前に到着した。そして沙耶は目を丸くさせた。
たくさんの人が行き来している。講堂前は小さな半円の広場のようになっているのだが、そこに十人程度の人たちがいた。あちこちで座ったり、壁に持たれたりして会話を楽しんでいるようだ。それは召喚される前の大学での光景そのままだった。
何より驚いたのはそこが明るいということだ。広場の中心に大きな篝火台のようなものがあり、それが轟々と燃えている。講堂の左右に建つ建物からも明かりが漏れ出している。その明かりの色を見るに、おそらく電気ではないのだろう。だが、闇夜に浮かぶ光はそれだけで人間を、文明を感じさせた。
その光景に圧倒されながらも、沙耶は目的の図書館へ向かった。三階建てのその建物は、全階から明かりが見える。どの階にも人がいるのだ。一体何人の人がここにいるのだろうか。
まるで初めて来た場所かのように、沙耶はうろうろと辺りを見回しながら図書館へと入った。
元々の図書館は、入ってすぐの場所に入館者を管理する受付があったが、そこに人はいなかった。そこを通り過ぎ少し進むと、フロアの一部を机で無理矢理区切られたような場所に出た。元々あった机を一列に並び替えたのだろう。机でフロアを仕切っているようだ。その机の列の一区画に一つ椅子が置かれ、そこに人が座っていた。
女性のようだ。だが学生にしては薹が立ちすぎている。
「すいません、受付をするように聞いたんですが……」
椅子に座って本を読んでいたその女性が、沙耶の声で顔を上げた。
「え、新しい人ですか……ってうわ!」
女性は明らかにルシファーを見て驚愕の声をあげた。幽霊でも見たかのようなその反応に首を傾げた沙耶だったが、慌てて居住まいを正す女性の表情を見てふと思い出し、横に立つルシファーを見遣る。
“そういえばこいつ、外見はイケメンってやつなんだった”
まだルシファーと共に過ごすようになってそれほど経っていないが、すっかり沙耶からその感覚が抜け落ちていた。沙耶にとってはそれ以外の要素があまりにも強烈すぎた。
「何かご用でしょうかっ!?」
「え、あのだから受付を……」
「あ、ああ! そうでした、すいません!」
動揺を露わにする女性の対応は何ともたどたどしい。痺れを切らしたルシファーが机に片手をつき、女性を見下ろす。
「おい、さっさとしろ。いつまでこんなとこに立たせておく気だ」
「す、すいません!」
ぎょっとした沙耶がルシファーを引っ張る。ルシファーはふんぞり返って腕を組んだ。当の女性はというと、顔を赤らめて髪を耳にかけ直しながら、冊子をぱらぱらとめくり出した。
見るとそれは名簿のようだった。パソコンなど使いようがない今、こうして手書きで対応するしかないのだろう。
「えっと、お名前を教えてもらえますか。それか学生証はありますか」
女性の言い方で「やはり」と感じた沙耶。この女性は確かにこの大学に通っている人だ。ただし在校生ではなく、大学の事務員として。
「私は藤原沙耶といいます。在校生で一年です。で、えーとこっち、のが……」
沙耶が言葉を詰まらせる。
正直に言っていいものだろうか。一瞬適当に日本人のような名前を言ってそれで通そうかとも考えたが、この風貌だ。明らかに日本人、いや人間離れしている。
“何よりこんな服着た奴、コスプレ野郎と言われかねない。その説明も考えるのは、うーん”
沙耶が逡巡していると、ルシファーが腕を組んだまま顎を沙耶に向けてしゃくった。
「ルシファー。こいつの隷獣だ」
「ちょっ!?」
「……はい?」
沙耶の名前を名簿に書き付けていた女性の手が止まった。困惑したように顔を上げる。




